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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第18章 蛹のはばたき✔



 そんな蛍の悲痛にも似た姿を見つめる杏寿郎の、凛々しい太い眉が下がる。


「…そして俺は変わらず、鬼と人とは違う生き物だと信じて進んでいくのだろうな。この燻るような想いも、焚き付けるような衝動も、何も知らずに」


 見えない壁が四方を取り囲む中、それでも尚欲し、全てを背負い、全霊で守ろう決めた。
 その並々ならぬ決意も、揺るぎない意志も、尽きぬ想いも、知らぬままに。


「今よりは穏やかな日々を送れたかもしれない。しかし今の俺が持つこの心を知らずに生きていくことを考えると…どうにも恐ろしい」


 ぽつりと呟いた最後の言葉は、か細く。
 再び蛍の頬に触れた手が、今度は意思を持って顔を包んだ。
 互いの目線を合わせるように、優しく導く。


「君より遥かに長いこと俺を見てきた人はいる。しかし鬼殺隊での己の葛藤を、こうして話したことはない。このどうしようもない思いの捌け口となった人もいない」


 重なる瞳。
 まるでない涙跡を拭うように、杏寿郎の指先が蛍の目尻を優しくなぞる。


「過ごした時間の長さは関係ない。俺が本当に欲しい時に、その手を、その言葉を、その温もりをくれたのは君だ。知らなかった感情に名を与えてくれた。だから今、俺は君とここにいる」

「…っ」

「君の知らない俺が欲しいと言うなら、いくらでも昔話をしよう。過去は言葉を紡げば何度でも伝えられる。しかし未来は、共に歩んでくれなければ作れないんだ」


 眉尻を下げたまま、ほのかに愛情を込めた微笑みを向ける。
 導くように差し出された手に、蛍はきゅっと唇を嚙み締めた。

 胸の痛みからではない。
 そうしなければ本当に涙が零れ落ちてしまいそうな気がしたからだ。

 哀しみの涙ではなく、胸の内から溢れる熱い感情の波に浚われて。

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