第18章 蛹のはばたき✔
鮮やかに色付く緋色の瞳が、訴えるように揺れ動く。
間近に捉えた蛍の感情に、杏寿郎は動きを止めて目を見張った。
その驚きも一瞬。
ゆっくりと再び顔を上げると、ふと思い起こすように息を吐いた。
「蛍と出会う前に、一度縁談の話が来たことがある」
「…え…」
唐突な話だった。
驚きに満ちる蛍の顔は、動揺を隠しきれない。
「俺は煉獄家の長男だ。家庭を持つことは、家系を守る者として当然の責務。しかし縁談を持ちかけられたのは炎柱となったばかりの頃だ。まだまだ未熟さが残る己を研磨する日々で、家族を持っても目をかけてやれるかもわからない。そんな半端な気持ちで誰かを娶ってはいけないと、その時は丁重に断りを入れた」
「……な、ら」
「ん?」
「なら、私が出会った頃の、杏寿郎、だったら…?」
柱としての未熟さが理由ならば、その身を更に磨き上げ誰もが認める炎柱としての名を背負っている今ならば、どうだったのか。
恐る恐る、尋ねることも躊躇するような辿々しい言葉を向ける蛍に「どうだろうな」と杏寿郎も考えるように視線を上げる。
「受けていたかもしれないな」
さらりと告げた顔に感情の起伏は見られない。
杏寿郎の立場を考えれば、極自然な結論だった。
「鬼殺隊を理解してくれている家柄の御息女を迎え入れ、我が子を持てば炎の呼吸の後継者として育てる。父と母が、祖父と祖母が、代々煉獄家を繋いだ者達がそうであったように。俺もきっとそう生きていたのだろう」
視線を下げれば、再び逃げるように蛍の目線が逸れた。
今度は羞恥によるものではない。
唇を噛み締めるように閉じ、何か言いたげにしながらも何も言わない。
言わないのではなく、何も言えなかった。
杏寿郎が娶るはずだったかもしれない女性と同じ立場ではないことを、蛍自身理解していたからだ。
本来なら杏寿郎が歩んでいたかもしれない未来。
その未来を潰した自分に、意見を告げる資格はない。
それでも考えないようにしていたことをはっきりと目の当たりにした気がして、蛍は胸の前の本衿を強く握った。
その下にある胸の更に奥底が、ずきりと痛んで。