第18章 蛹のはばたき✔
「最初は良かった。己に厳しくあればある程覚える技は増え、強い鬼も滅することができるようになった。しかしある時から成長がぱたりと止んだ。どんなに鍛錬を積んでも、身体を作る為に大量に米や肉を口にしても、逆に痩せ衰えていった程だ。不眠が続くようになり、美味いと感じていた食事に味がしなくなった」
今振り返れば原因は自ずとわかる。
しかしあの頃の杏寿郎の隣には、その原因を教えてくれる者はいなかった。
何故こうも真逆に結果が出てしまうのか、未熟な頭ではわからずただただ突き進むしかなかった。
ひたすらに鬼を全て斬り伏せ、生家や隊舎に帰還してからは動けなくなるまで己の扱きに力を入れた。
それでも扱きに力を入れれば入れる程、噛み締める米から味は感じられなくなった。
父に再びその目で見てもらう為にと炎柱への道を急かせば急かす程、眠れない夜は続いた。
「それでも身体造りの為に、飯は食わねばと無理にでも腹に詰め込んだ。嘔吐はしなかったが食後の充足感などは一切なかったな」
食事を作ってくれる鬼殺隊の調理係にも申し訳ないと、決して残すようなことはしなかった。
千寿郎の料理ならばまだ箸は進んだが、そんな情けない姿は決して弟に見せてはならないと余計に焦りを覚えた。
『……うまい』
無意識に紡いでいた言葉だった。
声に出せば本当にそう思えるようで、何度もその言葉を噛み締めて箸を進めるようになった。
「だから、いつも…うまいって、言うの…?」
驚き見開いた蛍の目が杏寿郎を見つめる。
揺れ動く緋色は感情が揺さぶられている証なのだろうが、不謹慎にも杏寿郎にはその揺らぎが美しく感じた。
「確かにあの頃は言霊のように癖になっていたな。だが美味いものを美味いと口にする癖は、元より幼少期からあったものだ」
幼子の頃は母の手料理に素直な感情を吐露していた。
しかし父に食事中に大声はとマナーを指摘されて以来、それなりに気を付けていたものだ。
再び声を張ってそれを告げるようになったのは、その父に注意されることもなくなってしまった頃。
事態は知らずとも杏寿郎の食の変化に何かしら感じていた千寿郎が、不安げな目をしていたからだ。
美味いと告げれば、自分と似て似つかぬ金輪の幼目が、ほっと和らいだのを今でも鮮明に憶えている。