第5章 柱《弐》✔
「空、明るくなってきましたね…」
「そうだな!」
「蛍ちゃんと宇髄さん、戻って来ないですね…」
「そうだな!」
「大丈夫かしら…」
「そうだな!」
「…煉獄さん、それって聞いてるの?」
先程から返されるのは同じ単調な言葉。
口角を上げ表情一つ変えない杏寿郎を、蜜璃は逸る気持ちを押し留めながら問い返した。
あと十五分もすれば山に朝日は昇るだろう。
なのに二人が戻ってくる気配も、爆破の気配もない。
「……」
「待て冨岡!」
無言で踏み出した義勇の前で、腕組みをして立つ杏寿郎が問い掛ける。
その目は前方の森のみを見ていたが、背中に目があるかのように義勇の動向を監視していた。
一時間前には、義勇もまたこの森の入口へと訪れていた。
しかし蛍を迎えに行こうとするも杏寿郎の強い制止を喰らい、足止めされていたのだ。
「時間の限界だ。迎えに行く」
「それはならない! これは宇髄と彩千代少女の稽古だ!」
「稽古なら引き際を見極めろ。訓練で命を落とす気か」
「それならば心配ない! 此処は数多の木々が陰を作る山、鬼が朝日から身を隠す場所は沢山ある!」
「宇髄がそれを許さなかったらどうする」
相手は柱とただの鬼。
結果など考えなくても目に見えている。
「どうする、か」
その問いに初めて、杏寿郎の目が義勇へと向いた。
「それは俺ではなく、彩千代少女に訊け」
「……」
「無謀だと思えば俺もやらせはしない。彩千代少女にはその可能性が見えた。だから宇髄に任せた」
顔だけ振り返り、呼び掛ける杏寿郎の目に迷いはない。
「冨岡も信じてみろ。彼女を」
信じろ、との声には何処か優しい響きがあった。
じっと杏寿郎の真っ直ぐな目を見返していた義勇の視線が、やがて地に落ちる。
待つことを選んだのだろう。
無言でも伝わる彼なりの姿勢に、うむと杏寿郎も満足げに頷いた。
ドォンッ!!!
「「「!?」」」
「きゃッ」
山の頂きで爆音を聞いたのはその瞬間だった。
森の中から一斉に驚いた鳥達が飛び立つ。
見上げた義勇達の目に、やがて黙々と上がる黒い爆煙が見えた。