第18章 蛹のはばたき✔
ずいと遠慮なく距離を縮めてくる顔。
間近で強い眼孔を向けてくる杏寿郎を力なく見上げて、蛍は残った空気を吐き出すように溜息をついた。
「杏寿郎…近い」
「嫌か?」
「嫌じゃないけど、髪で顔が埋まりそう…」
「そうかすまん!」
通る声と共に離れる快活な顔。
それでも一定の距離を保って見下ろしてくるのは、すぐ傍にいるからだ。
船上店が去ってすぐ、張っていた気を解いて蛍は床に伏せた。
あわよくばワインのように受け入れられれば、と思っていたが現実はそう甘くない。
体に害あるものを入れたかのように、途端に気分は悪くなり目眩がし始めたのだ。
堪らず畳の上で体を横たえ休めていれば、正座した膝を叩く杏寿郎に「ここへおいで」と誘われた。
普段なら後藤達がいる手前断っていたが、既に師弟の姿勢ではない姿も見せている今更感。
とにかく今は休息第一だと、力の入らない頭を預けて膝を借りることにした。
「桜餅で嘔吐したんだ。カキ氷で具合が悪くなってしまうのも仕方あるまい」
「でも…ワインと同じ、飲み物みたいなものだし。いけるかなって。珠世さんだって紅茶を」
「たまよ?」
「…紅茶好きな隊士さんがいて。渋い味のものならワインと似て飲めるんじゃないかって、提案してくれたの」
「ふむ。そんなことがあったのか」
顎に手をかけて頷く杏寿郎から目線を逸らしつつ、蛍は内心ほっと二度目の溜息をついた。
杏寿郎が隊士の名をすぐに覚えない性格が、この時ばかりは幸いした。
珠世は、鬼殺隊との関わりを避けている善良な鬼である。
炭治郎の助言もあり、蛍は密かに彼女と手紙のやり取りをする仲となった。
そこで教えてもらったことが、珠世は鬼でありながら紅茶を嗜む趣味を持っていること。
その情報を聞いた後すぐに実践してみたが、蛍の体では受け付けられなかった。
しかし珠世もまた、ワインを摂取することはできない。
意図的に身体を弄った珠世と状況は異なるが、鬼の体には個々に対応できるものがあるのかもしれない。
そう珠世と興味深く話し合ったことを、つい吐露してしまったのだ。