第18章 蛹のはばたき✔
不思議そうに見上げてくる少年の背丈に合わせるようにして、蛍が身を屈める。
唐突に近付く顔に清が動きを止めれば、その手の中にあるアイスクリンに、くんと蛍は鼻を鳴らした。
「食べられないけど、匂いはわかるから」
「匂いって、アイスクリンはそないするもんじゃ…」
「わかるよ。"今"の私なら」
人よりも優れた嗅覚で物の匂いを捉えることができる。
そう宣言する女の瞳は、瞳孔が細く縦に割れた奇妙な眼だ。
やはり人とは違う存在なのだと清が後退ろうとすれば「それに、」と蛍は続けて笑った。
「美味しそうに食べてる皆の姿を見てると、こっちまでお腹いっぱいになると言うか。私は味わえないけど、その表情から気持ちを貰ってる、感じかな」
「気持ちを、貰う?」
「うん。同じ空気を味わっているだけで、その場の雰囲気に染まれることってあるでしょ? そんな感じ」
「……」
「だから楽しいよ」
鬼殺隊を支える為の藤屋敷の家系。
その中で生きてきた清は、年頃よりも大人びた思考の少年となった。
大人に囲まれて彼らの顔ばかり見てきたから、わかるのだ。
楽しいと告げる蛍の笑みは、建前で作られたものではない。
「美味しいものを食べると自然と笑顔になるでしょ。食事って日常の一部だから忘れがちだけど、それだけで人を幸せにできる凄いものだと思うなぁ」
「ぉ、大袈裟やねん」
「あれ見て」
「うまい! うまい!! うまい!!!」
「お兄はんは、ほんに豪快に食べはるなぁ」
「見とって気持ちええわあ」
「……」
「ね」
高らかに声を上げながら、杏寿郎が十個目のアイスクリンを口に運ぶ。
その姿に感心気味に笑い合う船上店の夫婦はとても嬉しそうだ。
「だから私、杏寿郎がご飯を食べるところを見るの、凄く好き」
杏寿郎の食べっぷりを見つめながら呟く蛍の笑顔が、優しげなものへと変わる。
その横顔には見覚えがあった。
つい先程、蛍を生きるに足ると告げた杏寿郎の横顔と重なる。
「ほら。少年も早く食べないと、折角のアイスクリンが溶けるよ」
「えッ」