第18章 蛹のはばたき✔
「それでも君の意見は全て真っ当だ。人が人として持つ当然の感覚だ。それを否定する気はない」
間髪入れず返される返答に、清の頭が俯く。
その俯きかけた清を止めたのも、また杏寿郎の言葉だった。
「君の為にも、君が守りたいものの為にも、今の清少年のままでいい。人喰い鬼は滅するべきだ」
「せ、せやけど今」
「ああ。人の中にも処罰される者がいるように、鬼の中にも生きる意味のある者もいる。蛍が、俺にとってその生に足る存在だった。ただそれだけだ」
「……」
「それだけ、憶えていてくれたらそれでいい」
快活な一声で父や他の藤の者達を説き伏せられる程の炎柱が、ただ知っているだけで良いと言う。
清にだけ聴こえる程の、細やかな声で。
そこに反論も同意も向けられずに、清はただただ杏寿郎の横顔を見上げた。
金輪に朱色の類を見ない瞳は、清の遠く知らない世界を見ているようも思えたのだ。
「杏寿郎っ」
静かな空気を突如変えたのは渦中の人物。
水面を楽し気に覗いていたかと思えば、屋形船の外を指差す蛍だった。
「あれ見て。あれ」
「む? あれは…」
そわそわと蛍が指差した先。
其処には一層の船があった。杏寿郎達の屋形船より少し小ぶりなその船に、観光客のような姿は見られない。
代わりに軽装の男女が二人、立っている。
「おいでやす。ほんに暑いどすなぁ」
「冷やこい飲み物でもどうどすか」
ゆっくりと屋形船の隣についた船から、やんわりと声をかけてくる。
近場で見れば、その船が何を目的としているのかすぐに理解できた。
氷の入った水桶に浸かる幾つものジュース瓶。
果物が積まれた籠に、簡易的な冷蔵箱まで置いてある。
屋根の端に取り付けられた提灯には【氷】の文字。
「船上店です。此処には幾つもそないな船が」
「船上店!」
ああ、と知った顔で告げた清の声に、誰よりも反応を示したのは蛍だった。
初めて見る光景であることもそうだが、興味津々に船の上で売られる物を見つめている。