第18章 蛹のはばたき✔
じりじりと暑い天候も、視界の端まで広がる水面の上では心地良い空気となる。
その視界を上げれば辺り一面を囲う程の、青々と茂る新緑の森。
潮の香りとは違う水の匂いを肺いっぱいに吸い込むと、蛍は頬を緩ませた。
「…空気が美味しいな」
鬼殺隊本部でも山や川は存在したが、こんなにも目を惹き付けて止まない風景美はなかった。
せせらぎひとつ、色合いひとつ、吸い込む空気ひとつまで魅了して止まない。
沢山の人々が京の都へ足を運ぶ理由がわかったような気がした。
「え、炎柱様はどないですか?」
「うん?」
そわそわと杏寿郎の顔色を伺う清が、何より気にしているのは炎柱の反応だ。
蛍の姿を視界に入れたまま景色を眺めていた杏寿郎は、にこりと少年に笑顔を返す。
「君は素晴らしい観光案内人だな。ありがとう!」
「ほんまですかっ」
「うむ! 蛍も此処なら涼めるだろう」
「あ! 後藤さん見て、魚っ」
「お、おいおい落ちるなよ?」
竹笠で頭を守りつつ日陰のぎりぎりまで屋形船から顔を出して水面を覗く蛍の姿を、見つめる杏寿郎の瞳は穏やかだ。
それは清の望んだ答えではなかったが、その瞳の色には興味を持った。
「…炎柱様は…なんで、鬼を継子にしはったんですか?」
「む?」
「あ、い、いえっ」
「いや、誰しも疑問に思うことだろう。当然の問いだ」
口元に笑みを称えたままの杏寿郎からは、見た目の主張は強くとも圧は感じられない。
鬼を自分の目で見ると決めた矢先。清は一度閉じた口を、躊躇いがちに開いた。
「鬼は人を、喰う化け物ですし…」
「そうだな。だが蛍は人を喰わない」
「やけど、いつ誰を襲うか」
「それも心配ない。彼女の前で幾度も就寝したことがあるが、襲われたことは一度もない」
「っせやけど鬼ですよ? 日輪刀を使えへんのなら、継子として役不足じゃ」
「そうかもしれないな。しかし今回の任務は蛍がいたからこそ果たせた」
清の意見を受け止めながらも、端的に返す杏寿郎には迷いがない。
任務内容は清も知るところ。
蛍が問題の鬼を見つけ出し、後藤を守ったことも、子供ながらに理解していた。