第18章 蛹のはばたき✔
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「うーん、心地良い風だ!」
「はー…生き返る…」
「任務中でもあるまいし、今はその頭巾を取っても俺は目を伏せているが」
「いえいえ、炎柱様の前でそんな粗相できないんで。お心遣いだけありがたく頂きます」
「そうか。後藤君は堅実なのだな、感心感心!」
「ども」
そよそよと涼しい風が、杏寿郎の髪や後藤の覆面の裾を吹き遊ぶ。
暑い日差しから逃れた影の中で、後藤はほっと安堵の息をついた。
いくら隊服が一般人の衣より通気性に優れていても、暑いものは暑い。
それでも覆面だけは外してはならないと、杏寿郎に頭を下げつつも頸を横に振った。
「それよかオレより重ね着してる蛍ちゃんの方が、脱げるもん脱いだ方がいいんじゃ」
「うん。竹笠くらいなら…」
顎に結んでいた紐を解いて、頭を守っていた竹笠を脱ぐ。
手足は陽に焼かれようとも再生するが、頭は致命傷だ。
故に手放せない大事な防具だが、今は解放感の方が勝っていた。
吹き込むように通る風が、幾重も重なり蛍の汗の滲んだ頬を冷やしていく。
鬼の為、暑さや寒さに耐え得ることはできても、快適な訳ではない。
ようやく手に入れた安息に、蛍もまた張っていた肩の力を抜いた。
「わ、」
気を許した所為か。
不意に座っていた座敷が、ゆたりと揺れる。
傾いた肩はとんと杏寿郎の片手に支えられ、なんなく転倒を免れた。
「あ、ありがとう」
「うむ。波は激しくはないが、乗り慣れていなければ掴まっているといい」
「ううん。大丈夫」
礼を言いつつ姿勢を正す。
座布団の上に正座をしたまま、ほんの少しだけ尻を上げて蛍は眼下を見渡した。
「こういう船は初めてだから、少しどきどきして」
広大な大堰川(おおいがわ)。
鏡のように静かな水面を、滑るように進む一隻の屋形船。
屋根は付いているものの、四方に柱だけ設置された開放型の船は観光用の為か、畳に座布団と贅沢な座敷の造りをしていた。
船の先端に立つ船頭が長い竹竿一本で操る船は、ゆるやかな速度で進んでいく。
清が涼める場所と称して案内したのは、嵐山渡月橋(あらしやまとげつきょう)上流一帯で行われている舟遊びだった。