第17章 初任務《弐》
(…いややっぱり杏寿郎の方がいい)
しかしあのしてやったりなニヤけ顔を思い出すと、途端に真顔になってしまう。
出会う度にからかってくる天元と比べる気はないと、早々に脳内否定した。
そんな蛍の忙しない脳内など露知らず、杏寿郎はふむ。と考え込むように天井を見上げると、ぽむりと蛍の背を撫でた。
「では、こうしよう」
「え? わっ」
抱きついたままの体制でいれば、腰と背を支えたまま軽々と抱き上げた杏寿郎が水を張った桶の傍に足を進める。
再び腰を下ろすと、変わらず蛍を膝に乗せたまま置いていた荷物の一つを手にした。
薄い箱に入っているそれは蛍も見覚えがある。
「それ…」
「胡蝶にも一任されているしな。任務中の蛍の飢餓については、俺が責任を持って面倒を見る」
蓋を開けば、しのぶが蛍にと用意した専用の注射器が入っていた。
初めこそは素人の手つきで針を腕に勢いのまま刺していた杏寿郎だったが、今では慣れた様子で注射針を取り出す。
「そ、そこまでしなくても。もう十分」
「何を言う。まだ血は足りていないだろう」
「…なんでそこまではっきりわかるの?」
疑問符さえ付けずに告げてくる杏寿郎をまじまじと見れば、当然のように笑顔で返された。
「君のことだから、わかるんだ」
「そ、そんなにわかり易い? 私…」
「わかり易いか否かで言えば、後者だろうな。鬼という立場もあっただろうが、君は今まで窮地に追いやられても弱音を吐かなかっただろう」
「……」
「だから、目をかけられる時はかけるようにしている。君を見ていられる時は、見ているように」
手早く己の腕を消毒して、つぷりと差し込んだ注射針から適量の血を抜き取る。
「俺にできることがあるなら、その時は手を差し伸べられるように」
するすると音もなく透明な筒に溜まっていく鮮血。
八分程入ったところで止めると、杏寿郎は取り零さないようにゆっくりと注射針を外し、蛍に差し出した。
「さぁ、飲むといい」
手渡してくるものは鮮血だが、同じく向けてくる表情は使命感も義務感もない、穏やかなものだった。