第17章 初任務《弐》
ようやく足元ばかり見ていた少年の目が、じっと後藤を見上げる。
戸惑いは残すものの、見るべきものは見つけたようだ。
「…それ、炎柱様への桃なんやけど」
「オレだって今回、役割以上の仕事したんだからな。桃の一つくらい恵んでくれ」
「…はぁ」
夏場に締め切っている為に、熱がこもる部屋。
それとは別の熱に浮かされるように、蛍は熱い吐息をついた。
「もういいのか? 然程飲んでいないように思うが」
「……うん」
こてんと額を肩に預ける蛍に、しっかり腰を抱いたまま杏寿郎は頸だけを傾げた。
元々噛み付かれた跡も、然程深くはない。
少しずつ滲む血を舐め取っていた蛍は、注射器で与える時よりも血を飲んではいないはずだ。
「遠慮はしなくていいんだぞ。これくらい、蚊に刺されたようなものだ」
「……うん」
「蛍?」
「……うん」
「血に中てられたのか?」
上の空な蛍の返事に、ほんの少しの不安が混じる。
そっと顔色を伺うように頬に手を伸ばせば、肩に縋っていただけの手が杏寿郎の背中に回った。
「蛍?」
ぎゅう、と強く抱きついてくる体に、顔を伺うことはできない。
肩に伏せていた顔を杏寿郎から見えないように背けて、蛍は背中に回した手をしっかりと離さないように握りしめた。
(飲みたくても飲めないの! 誰かさんがいっぱい触ってくるから…!)
とは声に出して言えず。
熱のこもる息を再度吐き出した。
滲む血を啜っている最中、常に杏寿郎の手が頬や顎や耳に触れ撫でてきた。
優しい瞳は愛しむ視線を向けて、低い声で囁くように名を呼んでくる。
そんな杏寿郎を感じながら血を飲み続けていれば、体内の熱は別の意味で熱さを増す。
これ以上そんな時間を共有すれば、杏寿郎を求めない自信はなかった。
(杏寿郎って時々、意地悪だもんね…無自覚で)
本人は純粋に慕う心でいるのだから、尚のこと性質が悪い。
これなら自覚して弄ってくる天元の方が、まだマシだと思えるくらいだ。