第17章 初任務《弐》
「ん…っ動いちゃ、駄目だって」
「それなら先程、もういいと」
「そう、だけど」
「邪魔はしていないだろう? 飲みたいだけ飲むといい」
「それ柱が言っちゃ駄目なんじゃ…」
「案ずるな」
空いた手で蛍の腰を抱いて膝上に乗せる。
視線より高い位置にくる蛍の顔を見上げて、杏寿郎はほのかに微笑んだ。
「許すのは君にだけだ」
とくりと胸を打つ。
顔に熱が集中するのを止められずに、蛍はその微笑みから目を逸らすように首筋に顔を埋めた。
薄暗い部屋の中で、ぴちゃぴちゃと猫がミルクを飲むように響く舌鼓の音が、何故だか卑猥にも感じる。
それでも舌に味わう、喉を潤す、生命の源である血液は馳走でしかなく、蛍は啜ることを止められなかった。
「ん、ふ…っ」
うなじを包んでいた杏寿郎の指先が、蛍の耳朶を挟み擦る。
親指と人差し指ですり、と擦られるだけで上擦った吐息が漏れた。
(触られるの気持ちいい…)
温かい血を喉に通せば、そこから広がるように体が熱くなる。
その所為か、それとも相手が杏寿郎だからか。
耳朶を撫でる指先一つにも、連鎖するように体が熱くなるのを感じた。
しかし二人きりであっても此処は藤屋敷で、任務を終え目覚めたばかりだ。
「ん、も…そういうの、だめ」
「そういうの、とは?」
胸に両手を付きぐっと身を離せば、見えた杏寿郎の顔は先程と何も変わっていない。
優しい笑みを称えたままだ。
「変な、触り方」
「変とは心外だな。愛おしい想いで触れている」
杏寿郎の指先が蛍の唇に付いた血を拭い取る。
そのままゆっくりと蛍の口内に差し込みながら、血の付いた指先で舌をなぞった。
「ん、らから…っ」
「言いたいことは理解している。安心するといい」
「っ?」
「蛍が求めない限りは俺も今は手を出さない。だから心ゆくまで喉を潤すといい」
口内から抜き取った指先は、蛍の唾液でとろりと光る。
まるで恭しくも見える動作でその指先に己の唇で触れると、杏寿郎は尚も微笑んだ。
「ただ生還した大切なひとを、愛おしむ時間はくれないか」