第17章 初任務《弐》
「それに噛み付いたのは、それだけが理由じゃないだろう。飢餓がきているのか?」
「…うん」
「ならばそれだけでは足りんだろう。折角だ」
言い難そうに蛍が頷けば、自ら髪を掻き上げ頭を横に傾け頸を晒してくる。
「おいで」
血を滲ませているというのに、露出した鎖骨や首筋に、誘うようにほのかに微笑む動作が言いようのない色香を放つ。
血の匂いではなく別の何かにくらりと脳内を揺らされながら、蛍は思わずごくりと息を呑んだ。
「なんか変な気まで起こしてしまいそうだからやめてそれ…」
「変な気? 大歓迎だが!」
「そんな爽やかな笑顔で了承することじゃないっ」
「ならば俺もその気になっていいのか? いいなら」
「待ってごめん私が言い過ぎました切り替えないで。お願いします」
太陽と月のように、普段は陽だまりのような杏寿郎が布団の中でがらりと顔を変えることは既に知っている。
血の匂いに中てられている最中に、その甘い声で呼ばれ触れられれば、蛍自身も止められる気がしない。
両手を前に突き出して止めながら、観念したように再び杏寿郎を真正面から見つめた。
「じゃあ、あと少しだけ…貰ってもいい?」
先程から喉がひりつき乾いている。
一口だけ貰った血に、更に乾きは加速した。
再生に体力を使った所為か、血を求めていたのは確かだった。
藤屋敷の者達に飢餓の顔を見せてしまうくらいなら、ここで杏寿郎に乾きを潤して貰えた方がいいだろう。
「無論」
「…痛かったら言ってね」
「それを望んでいるんだ。噛み付いてくれたって構わない」
「そんなこと言ってたら、天元に自虐変態だってからかわれるよ」
「む。」
確かに、とばかりに口を閉ざす杏寿郎に再び顔を寄せる。
広い肩に手を置いてぴちゃりと噛み跡に舌を這わせれば、今度は杏寿郎の体は驚きの反応を示さなかった。
耐えるように拳を膝に置くでもない。
髪房に指を差し込み蛍の頭部に手を添えると、くしゃりとうなじを撫でてくる。