第17章 初任務《弐》
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締め切った部屋の更に奥。
真昼というのに明りが灯された部屋で、蛍は静かに目を覚ました。
いつものように目覚めたと同時に意識が覚醒するような感覚ではない。
どこかぼんやりと微睡む意識の中で、焦点を合わせるように目の前の景色を眺める。
あやふやに見えていた視界が詳細を捉えれば、薄暗い天井越しに見下ろしてくる顔が見えた。
「蛍…?」
力強い声でも、穏やかな朝に聞く甘い声でもない。
静かに呼びかける声は反応を伺っているようだ。
すぅ、と空気を吸い込む。
喉の痛みは、もう感じなかった。
「おはよ、杏寿郎…」
予想以上に第一声ははっきりと出なかったが、届いたはずだ。
挨拶がてらのろのろと片手を上げれば、大きな手に包まれるようにして握られた。
「ああ、おはよう」
ほ、と目の前にある顔が安堵の息をつく。
「体の痛みは、まだあるか?」
「ん…特には。動かすと、少し軋む感じするけど。それくらい、かな」
「見た目には問題なくとも、細胞の中はまだ完治していないのかもしれないな。安静にしていなさい」
「大丈夫だよ。痛みは、ないから」
布団の中で起き上がろうとすれば、杏寿郎が背を支えて手伝ってくれた。
上半身を起こして、ようやく自分の体を見下ろす。
藤色の着物姿は、血一滴残さず綺麗な体をしていた。
「此処、藤の家?」
「ああ」
「杏寿郎が綺麗にしてくれたの?」
「簡単にだが」
微かな血の匂いを辿れば、部屋の隅に水の張った桶と血塗れの布を見つけた。
全身を剥かれたのであろう行為には気恥ずかしさも覚えたが、簡単と言いつつ丁寧に世話してくれたのだろう、その行為に胸を打つ。
「ありがとう」
握られている手を柔く握り返して、頬を緩ます。
表情筋は軋むことなく笑うことができた。
「私、どれくらい寝てた?」
「一晩だけだ」
「そっか…後藤さんは?」
「外で待機している。俺も彼も怪我は負っていない」
「そう。よかった」
安堵すると同時に、昨夜の記憶が蘇る。
意識を飛ばす直前に、杏寿郎から鬼は滅したと笑顔を向けられた。
任務は成功したのだ。
「でも私だけ散々で…ごめんなさい。力が及ばなくて」
しかし心残りはある。