第17章 初任務《弐》
のたうち回る華響へと足を向ける。
刃の切っ先を頸に向ければ、炎で爛れ落ちた顔の下から別の顔がこちらを見上げていた。
きめ細やかな肌も、はっとする意志の強い瞳も、絹のような黒髪もない。
脂肪に押し潰されたかのような目に、脂ぎった饅頭のような鼻、分厚い唇は裂けたかのように大きい。
凡そ同一人物とは思えない程の変わり様だった。
「それが本当の顔か」
「 っ 見 ル 、な … ッ 」
「生憎、俺は君の顔に興味はない。どんな容貌であれ鬼殺することに変わりはない」
淡々と感情の起伏を見せずに伝える杏寿郎の目は、華響を見下ろしながらその顔を見てはいなかった。
見ているのは、斬るべき鬼の姿だけだ。
「 随 分 と 都 合 の 良 イ 言 葉 だ な … 貴 様 ら 男 共 ノ 主 張 な ど 聞 く 価 値 も ナ い … ! 」
だから男は嫌いなのだ。
美しい女も嫌いだった。
だからそれらから美の象徴を奪い、命を喰らってきたのだ。
華響に人間であった時の記憶はない。
それでも燻り残り続けているこの憎悪は、醜い姿で生を受けていた時に生まれたものだ。
「なら何故、男でも人でもない蛍の主張にも耳を貸さなかった」
「 な ん ダ と … 」
「蛍のことだ。同じ鬼の身として、恐らく君に語りかけたはず。その言葉に耳を貸さなかっただろう」
華響のように心を読んでいかけではない。
蛍を理解した上での杏寿郎の問いに、華響は何も返せなかった。
そこに杏寿郎も答えを求めてはいないのか、追求はせずに未だ喉を詰まらせてくる僅かな花弁の残骸を吐き捨てる。
「 … 何 故 、貴 様 は 死 ナ な い … 妾 の 歌 ヲ 全 て 聴 い タ は ず だ 」
「歌は聴いていない」
「 何 ヲ … 」
「言葉はわかる。唇の動きを読めば。しかし君の声も、隠の彼の声も、この森のざわめきも、全て俺には聴こえない。──そう蛍が仕込んでくれた」
潰れた目が驚きに満ちた。
「 ま さ カ … 貴 様 も あ の 影 ヲ … 」
「そうだ」
華響の歌を聴くまいと、血鬼術で己の耳を塞いでいた蛍。
此処へ来る前から、杏寿郎の耳にも同じものが仕込まれていたのだとしたら。