第17章 初任務《弐》
塞き止めた呼吸。
ぐるぐると肺の中でだけ回る空気。
喉を使わず気管のみで巡らせたことなどなかったが、確かに感覚は呼吸のそれと同じものだった。
(炎の呼吸──伍ノ型、)
みしりと杏寿郎の額や手首に太い血管が浮く。
炎が燃え上がる前の静けさのような一呼吸の間。
その感覚を華響は知っていた。
「 … 何 故 ダ 」
次に襲い来るのはまず間違いない。
炎の呼吸技だ。
「 何 故 ダ … ! 」
しかし何故。
花紅柳緑を喰らい鬼狩りは未だ立っているのか。
(〝炎虎〟!!!)
「 何 故 だ ァ ア !!! 」
振り抜かれる刃に、巨大な炎の虎が踊り出る。
呼吸技は嘔吐する花で防いだはず。
それ以前に男の体は花紅柳緑で朽ちるはず。
なのに何故。
鳥居のトンネルを吹き飛ばさん程に、巨大な体で猛進してくる。
昨夜と同じに逃げ込む隙間などない。
咄嗟に華響が腕を振るえば、髪に絡まれた蛍の体が操り人形のように飛び出した。
「 莫 迦 め ! 今 度 こ ソ 貴 様 の 刃 デ 蛍 は 死 ぬ !! 」
剥き出す炎の牙が蛍へと迫る。
虚ろな目をした蛍は、逃れようとすることすらしない。
赤々と燃える炎の虎が、鋭い爪で薙ぎ払うかのように前足を振り上げた。
ゴウッ!
荒立つ炎が蛍の髪を舞い上げる。
「 な … ! 」
しかし蛍に与えた影響はそれだけだ。
長い尾を軸に巨体を波打たせた虎が、蛍の皮膚すれすれを避けてするりとしなやかに舞う。
ちりちりと蛍の髪先を炎の毛並みで燃やしながらも、勢いはそのままにすり抜けた虎は後方の華響へと牙を剥いた。
炎虎が女に食らい付けば、たちまちに其処から広がる炎の海。
食らった場所に華響の姿はなかったが、身を隠していた場所にまでたちまちに炎は手を伸ばした。
白い肌を、長い黒髪を、美しい目を、燃え盛る炎が焼き尽くす。
「 ぎ ャ あ ア ぁ あ ア ア !!!! 」
断末魔を上げて打ち転がる華響の本体が、杏寿郎の目に映り込む。
斬り込んだままの体制を整えると、杏寿郎はゆっくりと塞き止めていた息を繋いだ。
「言ったはずだ。三度目はない」