第17章 初任務《弐》
じり、と華響の足が僅かに後退る。
後を追うことはせず、杏寿郎は日輪刀の刃を腰に添えて低く構えた。
「三度目はないと思え」
限界まで見開いた双眸は、ぎょろりと剥くように狙う鬼だけを見据えている。
幻覚を見せている鬼狩りの目は、刃は、頸には届かないはず。
なのに首筋に感じる寒気は消えない。
「 戯 言 ヲ … だ と し た ラ ど う す る 。貴 様 の 命 ハ 、後 り 僅 か 。一 日 で 落 と ス 命 だ 」
杏寿郎と初めて対面した時、既に華響はその力量を認めていた。
初動の動きから、一呼吸の繋ぎから、今まで出会ったどの鬼狩りとも比較にならない強さを持っていた。
だからこそ杏寿郎に向けて紡いだ歌は、歌詞の終わりまで。
途中で炎虎により邪魔をされたが、存分に強い種を植え付けることができた。
花紅柳緑の能力は、丸一つ歌詞を聴かせることで、たちまちに対象物の体中に花を咲かせ死に追いやる。
杏寿郎が昨夜華響の口から聴かされた曲は、残すところ歌詞一つのみ。
本来ならいつ死んでも可笑しくない、瀕死の状態に近いはずなのだ。
なのに男は未だ己の足で立ち、死を感じさせる程の威圧を放ってくる。
(莫迦みたく生気の強い死に損ないめ…! さっさと朽ちればいいものを!)
その身が亡ぶのを待っていたが、そうも言っていられない。
首筋に感じる死の恐怖を払拭させる為にも、華響はお歯黒の口を開いた。
「っ炎柱様! 聴いちゃ駄目だ!」
同じ経験をしていた後藤は、嫌な予感に咄嗟に己の両耳を塞いだ。
しかし杏寿郎は後藤の忠告では動かない。
しかと唇を結び、低く腰を落として日輪刀を構えたままだ。
(莫迦め。さっさと死ね)
たった一紡ぎでいい。
その歌詞だけで、限界まできている杏寿郎の身は滅びる。
「 怖 い な が ら も 通 り ゃ ん せ 」
昨夜、杏寿郎が聴きそびれた最後の歌詞。
口角を裂けるように上げて、女は嗤うように歌った。
「──!」
どくりと杏寿郎の体内で血脈が湧き立つ。
低く構えたまま動かなかった杏寿郎の気配が、変わった。