第17章 初任務《弐》
「な、なんで蛍ちゃんを…っ」
鳥居の上からトンネル内を覗き込んでいる後藤には蛍の姿が見えていた。
反して杏寿郎の目には確かに、頸に刃を掠める瞬間までその姿は鬼殺すべき相手に見えていたのだ。
「 そ の ま マ 頸 を 刎 ね て シ ま え ば 、蛍 も 楽 に な れ タ も の を 」
口元を袖で隠した鬼が、くすくすと嗤う。
どんなに後方で後藤が狼狽え声を上げようとも、杏寿郎には届いていない。
そう踏んだからこそ、暗示は目の前の男にだけ集中させた。
細かい鱗粉が其処彼処に飛び交うトンネル内は、華響の思うがままに想像できる。
いくら相手が手練れの鬼狩りであっても、その男の視界だけを狙い潰してしまえば、脅威となる刃も己の頸には届かない。
「 生 き 続 け ル 限 り 、蛍 は 妾 の 養 分 ト な り 続 け る 。哀 れ 二 思 え る な ラ 、一 思 い に 殺 シ て や る と イ い 」
蛍の体を絡め取る無数の髪束が、華響の腕の中へとその身を運ぶ。
はらりはらりと落ちていく彼岸の花弁。
それでも絶え間なく後から後から生えてくるそれは、無尽蔵に蛍の生気を吸い続けている。
「 人 間 の 手 駒 に 成 り 下 が ル よ り は 、余 程 幸 セ な 終 幕 だ ロ う ? 」
甘ったるい匂いと共に響く、女の甘い声。
目を見開き微動だにしていなかった杏寿郎が初めて動いた。
「…俺に蛍を殺させようとしたな」
びきり。
血管が内側の筋肉に圧迫され、皮膚の下から盛り上がる。
腹の底から響くような、低い低い声だった。
鬼は夜目が利く。
杏寿郎の顔ははっきりと華響の目に見えていたはずなのに、その男の顔は見えなかった。
急激に周りの温度が引き下がるような、底冷えの圧がずんと体に走る。
男の貫くような殺気立った眼孔は見えるのに、顔は見えない。
暗闇の中で見開いた眼だけが、華響を見ていた。
「"二度目"だ」
杏寿郎が見ているのは、幻覚で作り出した華響のはず。
なのに何故か真正面から目が合ったような気がした。
ひゅくりと、寒気を感じた白い頸が震える。