第17章 初任務《弐》
高笑いする華響の長く黒い髪が、ぞわりと浮き上がる。
逆立つ髪はまるで歌舞伎の髪洗いのようだ。
重力を無視し鋭利に逆立つ毛先が、蛇の如く杏寿郎を襲った。
「 さ っ キ ま デ の 勢 い は ド う し た … ! 見 る 間 二 速 度 が 落 ち て イ る な ぁ 杏 寿 郎 ! 」
「…ッ」
太い髪束が蛇の頭のように、杏寿郎のいた足場に次々と突き刺さる。
石で出来た道を抉り瓦礫と化す様は、打ち付けられる巨大な杭のようだ。
傷は負わせていないものの、怒涛の打ち込みは杏寿郎の攻撃の手を止めさせた。
後藤の目にはどちらも追えない程の速さだったが、鬼である華響の目には違った。
鬼狩りの威圧は変わらずとも、昨夜出会った時よりも遥かに力も速さも衰えている。
それもそのはず。
杏寿郎の口から吐き出され続ける花は、その度に生気を吸い取っているのだ。
そして花の撒き散らす鱗粉は、全て華響の下へと辿り着く。
その身に力を与える為に。
「 生 気 だ け デ 言 え ば 、貴 様 の も ノ が 随 一 に 美 味 い 。ゆ っ く リ 味 わ え な い ノ は 残 念 だ ガ 、安 心 し ろ 。一 滴 残 ら ズ 喰 ら っ て ヤ る 」
「…其処の者も喰らったのか」
次々と打ち込まれる髪先を避けながら、杏寿郎の目が朽ちた男の屍へと向く。
ミイラと化した人間だったものは、もう男か女かもわからない。
「 ア れ は 不 味 か っ た 。貴 様 に 比 べ レ ば な 」
人の目には捉えられない程の、生気を宿した小さな鱗粉。
華響の肌に、目に、舌に触れれば、それは命の源である。
炎のように燃え上がる強い生気を纏った杏寿郎は、華響には何よりもの馳走だった。
うっとりと高揚した目で杏寿郎を眺めては、舌舐めずりをする。
朽ちた屍には興味さえ持つことなく、ふと思い出したように背後へと気を向けた。
「 嗚 呼 、そ れ ト 。こ れ モ そ う だ 」
其処には全身に花を咲かせたまま、身動き一つ取れていない蛍が立っていた。