第17章 初任務《弐》
「──ふ 、」
縦に華響の顔を割ったのは杏寿郎の日輪刀だ。
しかしずり落ちるはずの華響の顔が、ゆらりと揺れて動きを止めた。
口角をつり上げ愉快そうに鬼の顔が歪む。
「 は 、は ハ … ! や は リ 来 た な ! 貴 様 ヲ 待 っ て い た ゾ … ! 」
蜃気楼のように揺らぐ華響の姿が、その場から消え去る。
すぐに追った杏寿郎の目は、次に女がトンネルの奥に現れたのを見つけた。
(やはり幻覚。血鬼術の一つか)
昨夜、杏寿郎が出会った時とは顔が違う。
空洞だったはずの瞳孔には、目を惹く輝きを持つ瞳が二つ。
それでもその女が杏寿郎に花吐き病をかけた鬼だと、すぐに気付いた。
駆け付け様に一にも二にも狙ったのは鬼の頸だったが、華響も待ち構えていたのか刃は届かなかった。
「 貴 様 は 今 ま デ 出 会 っ た 鬼 狩 り ノ 中 で 随 一 に 強 イ … ! 男 に 興 味 は ナ い が 、貴 様 の 命 だ ケ は こ こ で 潰 し て オ か ね ば な ラ ん 。な ァ 杏 寿 郎 ! 」
高々と笑う華響に対し杏寿郎は無言だった。
その目は両手を広げる鬼の動きを備に観察しながら、彼女の後ろで佇む木を見つける。
木ではなかった。
蔓が何重にも絡む広げた腕は枝のようにも見えた。虚ろに俯く目や口から咲く赤と白の彼岸花は幻想的にも見えた。
それは、虫の息である蛍を喰らう鬼の花だ。
「…蛍を放してもらおう」
みしりと杏寿郎の額に青筋が浮く。
微かな呼吸の初動が唇を動かす。
抜刀した日輪刀を構える男の威圧を前にしても、華響は笑みを止めなかった。
「 折 角 同 胞 に 会 え た ト い う の に 、引 キ 離 す ノ か ? 冷 た イ な 」
「……」
「 昨 日 は 親 身 に 話 カ け て く れ タ と い う の に 、今 日 は や ケ に 口 数 が 少 な イ な 。ど う シ 」
「聞こえなかったのか」
昨夜とは違う顔を見せたのは、華響だけではなかった。
「蛍を放せと言っている」
いつもは爽快に飛ばす声は静まり、後方にいる後藤の背筋も凍らせる程に冷たい響きをしていた。