第17章 初任務《弐》
「ま、待て! 蛍ちゃんを放せって…!」
「 莫 迦 ノ 一 つ 覚 え ダ な 。そ の 台 詞 は モ う 飽 い タ 。煩 く 纏 わ り 付 く ナ ら 殺 ス ぞ 」
番傘は、浸した油の効果ですぐに燃え盛った。
故に消し炭になるのも早く、目印となる役割を早々に終えてしまった。
懸命に傘を振り続けたが杏寿郎の姿はない。
こうなっては自分でどうにかする他ないと、後藤は震える足で踏み出した。
(畜生ッ震えるなよこんな時に…!)
鬼の恐ろしさは知っている。
剣士でない者の鬼に対する無能さも知っている。
だからこそ震えてしまうのだ。
「 だ が 貴 様 ヲ 殺 し た と テ 、先 程 の 男 ト 同 じ だ 。妾 が 欲 し い モ の は 何 一 ツ な い 」
興味なくも華響の目が、じろりと後藤の頭から爪先までを見定める。
「 そ ろ ソ ろ 次 の 声 が 欲 し イ と 思 っ て い タ が 、男 の 声 な ド … 蛍 の 声 デ も 良 か っ た が 、お 前 は 花 の 木 二 し て い た 方 ガ 余 程 見 栄 え ス る か ら な 」
口元を袖で隠しながら溜息をつく華響の言葉に、後藤は多少なりとも驚いた。
元からその不気味な声だと思っていたが違ったようだ。
「 ど ん ナ に 美 し く と モ 、人 間 の 細 胞 に ハ 限 り が あ る 。哀 し い こ ト よ の う 」
哀しい哀しい、と呟きながら女の目は三日月の形に嗤う。
華響は幾百年の間、鬼として生き永らえてきた女だった。
無闇矢鱈と人間を喰い散らかさず定期的に住処を変え着々と力を蓄えた為に、上弦とはいかずとも長い時の中で十分に強さを持つ鬼と成った。
その間に幾度と目を変え鼻を変え口を変え耳を変え、華響が美しいと思うものに取り換えてきた。
しかし所詮は"老い"という制限のある人間の細胞。
いつかは衰え、醜くなる。
長年歌い続けたこの喉も、最初こそ誰もが耳を澄ませる程の美声だった。
それも今では歌を紡ぐ時のみ。
今にも潰れかけている弱々しい人間の喉の細胞は、限界だった。