• テキストサイズ

いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第17章 初任務《弐》



 びゅう、と強い風が吹く稲荷山の山頂の更に高台。
 立派な一ノ峰上社の屋根の上に立つ男の羽織が、ばたばたと風に煽られ舞い上がる。

 炎の形をしたそれは、夜空に燃え上がる火柱のようだった。

 男は一人、腕組みをしたままじっと山中を見下ろしていた。
 微動だにすることなく、口元には微かな笑みを称えたまま。
 射貫くような双眸は夜空よりも暗い山の表面を見据えている。

 時折申し訳ない程度に置かれていた行灯は、帰り道に人が迷わぬように置かれた物。
 故に歩く道筋は照らしてくれるが、山頂から見下ろせば木々に遮られ儚い灯りは終ぞ見えない。

 大きな闇の塊のような山は、強い風を駆け巡らせ、炎柱を象徴する羽織と男の長い髪を巻き上げていた。


(まるで蛍の影鬼のようだな)


 大きな稲荷山の黒い塊は、蛍が節分の最後に暴走させた影鬼の塊を思い起こさせた。
 しかしあれは、こんなにも静かに構える闇ではなかった。
 強いて言えば、他者を喰らい尽くさんとする獣のように。


(…いや。獣は俺の方か)


 実弥や無一郎を飲み込んだ蛍の影鬼は、彼らを傷一つ付けることなく解放した。
 蛍の腕を食い千切り傷を負わせたのは、それこそ自分の呼吸技だと思い直す。

 凛々しい眉がほんの少し下がりかけた時。
 微動だにしなかった顔が、初めて動いた。


「む」


 黒い闇の中で、ちらりと微かに何かが動いた。
 じっと目を凝らしていれば、遠目にやがてもう一度。

 二度の小さな光の揺れ。
 それだけで十分だった。


「きたな」


 それこそ待ち望んでいた合図だ。

 腰のベルトに差した日輪刀の鞘に手を添える。
 親指で鍔を押し上げ微かに赤い刃を覗かせると、腰を低く落とした。

 頭の先から足の先まで巡る、血液の感覚を研ぎ澄ます。


「いざ、」


 びゅうびゅうと煽るように駆け巡る山頂の風。
 逆風をものともせずに、たんっと屋根の上を跳んだ。


「参る!!!」


 生い茂る木々を薙ぎ、逆風でさえも打ち消す轟音。
 まるで炎の渦が猛進するような響きを残して、男──煉獄杏寿郎は、その場から姿を消した。












/ 3465ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp