第17章 初任務《弐》
竦んでいた足腰に鞭打ち駆け出す後藤を、華響は目で追うものの興味なくすぐに外した。
「 さ テ 。お 前 は 持 チ 帰 っ て 寝 室 二 で も 飾 ル と す る カ 」
興味があるのは、目の前の花の苗床だけだ。
「…っ」
「 無 理 に 喋 ろ ウ と す る ナ 。喉 は 花 の 根 で 潰 れ た は ズ だ 。し か し オ 前 の 思 考 は 覗 ケ る 、 暇 潰 し に 話 相 手 く ラ い は し テ や ろ う 」
ゆるりと華響が進めば、蛍の足を突き破って地に伝う蔓束が蛇のようにうねり進む。
後藤にとどめを刺さない華響は、興味のない者には微塵も気を向けない。
そんな華響が蛍を連れて消えてしまえば、杏寿郎一人では発見できないかもしれない。
(急げ…ッ!)
番傘まで走ると、後藤は畳まれたそれを大きく開いた。
真っ赤な番傘をかざせば微かに臭う。
蛍がその為にと仕込んだ臭いだ。
幸いにもこの場に必要なものは揃っていた。
鳥居トンネルを一定間隔で淡く照らす行灯。
その一つの火袋を外すと、油脂に浸された木綿から灯る炎に番傘の先を近付けた。
ぼ、と炎が移り渡ったのは瞬く間だった。
たちまちに番傘を包むように炎が大きく広がっていく。
手に持つ後藤にも熱が伝わったが、それでも離すことなく高く上にかざした。
番傘はただ見栄えの為の道具ではない。
暗い夜の山中だからこそ大きな炎は強い目印となる。
その為に前以て、蛍が番傘自体に油を滲み込ませていたのだ。
(気付いてくれ! お願いだから…!)
ぶんぶんと番傘を振る後藤に、華響の目も止まる。
「 気 で モ 狂 っ タ か ? 」
「…ご……」
「 人 間 の 考 え る コ と は わ か ら ン な ぁ 。蛍 」
冷たく一蹴すると、蛍の顔を飾るように咲く彼岸花を指先で愛でる。
血の涙を流す蛍の左目の周りを、細い血管のような管がみしみしと浮かび始めた。
「ぁ、く…っ」
弱くも苦し気に声を絞り出す蛍の左目から、真っ赤な彼岸が花咲く。
艶美な女の顔を覆う開花に、華響はうっとりと感嘆の息をついた。