第5章 柱《弐》✔
ザ、
草履の裏で草を食(は)む。
ザ、ザ、
一人、蛍は山中を歩いていた。
歩くというよりも小走りに近い。
その目は忙しなく辺りを伺っているが、派手な巨体の持ち主は現れない。
(なんで…っ私の足音くらい、耳が良いなら気付くはずなのに)
すぐに対面できると思っていた。
しかし天元はいつまで経っても蛍の前に姿を現さない。
深い木々の下にいても、段々と明るさを増してくる空の気配が伝わる。
視覚ではなく感覚的なものだ。
それを浴びてしまえば"死"しかないと、体が悟っているからだろうか。
焦りを覚えた蛍の呼吸は乱れていた。
「は…ッ一体何処に──」
ザリッ
砂地でも踏んだのか、草履の食む音が変わる。
ふ、と蛍の視界が暗く陰った。
「!」
ぶおん、と風が揺らぎ呻る。
反射的に上げた顔の正面に迫っていたのは、巨大な丸太の断面図。
咄嗟に膝から落ちるようにして、体を反らし倒した。
蜜璃に柔軟運動を叩き込まれていたからこその機転回避だ。
「は…っな、何…」
巨大な丸太は、太い木の枝にロープのようなもので括り付けられていた。
ぶらぶらと宙で揺れているそれを、誰が設置したのかなんて考えずともわかる。
しかし考える余裕も蛍には与えられなかった。
倒れそうになる体を支える為に、地面に手をつく。
ぷつりと何かが切れる音がしたかと思えば、今度は鋭い切っ先が空(くう)を切った。
カカカッ!
「く…!」
今度は避けきれなかった。
咄嗟に顔の前で庇った腕に、飛んできた黒い何かが突き刺さる。
同じに後方の木の幹に突き刺さったそれを見れば、知識の中にだけある物が見えた。
(あれは…クナイっ?)
本物は見たことがないが聞いたことはある。
片手ナイフのような役割を持つ、忍道具の一つ。
となればやはりこの手の罠を仕掛けたのはあの男なのだろう。
(いないんじゃなかった…っ待ち伏せされていたんだ…!)
悟る蛍の前に、音もなく影が落ちてくる。
「よお。随分待ちくたびれたぜ」
地下の牢獄で見せた時と同じだった。
木の枝の影から逆さ吊りで姿を現したのは、捜し求めていた男──宇髄天元。