第5章 柱《弐》✔
まるで手品の如く、自分の意思で年齢層を変えられるとは。
小さくなった掌を握ったり額たり、屈伸をしてみたり。やはり思い通りに動かせた。
「…びっくりにんげんだコレ…(あ、私人間じゃなかったや…)」
鬼というのはなんとも摩訶不思議な存在だと、改めて思い知らされた。
(これ…使えるかも、しれない)
凡そ自分のものとは思えない、小さな両手を見つめる。
体を変化させられるということは、別人になれるということだ。
今此処に蛍を見張る柱は誰一人いない。
このまま山を下り里を抜ければ、鬼殺隊の本部から抜け出せるかもしれない。
もし見つかっても、小さな子供のフリをすればいい。
それが鬼だとは誰も気付かないだろう。
(このまま此処から…逃げられる?)
白む空を見上げる。
何処までも際限なく続く空には、束縛というものがない。
何処までも広く、何処までも自由に。
鬼殺隊の従える鴉のように、羽ばたくことができたら。
「……だめだ」
しかし小さな手を握りしめると、蛍はきゅっと唇を噛み締めた。
「わたしがにげたら…あのひとが、」
思い浮かんだのは、蛍の命を保証している冨岡義勇の姿だった。
どんな契の内容であれ、鬼である自分が裏切る行為をすれば、彼が罰せられるのは目に見えていた。
(他人を理由にするなって言ったけど、それでも駄目だ。あの人に罪は被せられない)
義勇に恩義を感じているからではない。
ここで彼を裏切ってしまえば、もうその目は自分を今のように視てはくれないと直感したからだ。
義勇だけではない。
杏寿郎や蜜璃もまた同じだ。
「……」
見上げていた空から視線を下げる。
目の前の深い森の中を見つめて、蛍は踏み出した。
理性を失わずに生きていられているからこそ、何を優先すべきかわかる。
そこに"逃避"の選択肢はなかった。