第17章 初任務《弐》
鼓膜は完全に再生していないものの、その歌声を拾ったのは確かだ。
華響の問いかけに動きを止めた──刹那。
蛍の体から、ぶしりと赤い飛沫が舞った。
「ッ…!?」
「蛍ちゃん…!」
「だ、め…後藤さんは、耳を、塞いで…っ」
その場に手をつき膝を折る蛍の体から、するすると蔓を伸ばす花々。
ごぷりと再び吐いた花は、今度は蕾ではなかった。
蛍の体液を纏わせたまま、ゆっくりと花開く。
細長い花弁をくるりと巻いて、おしべとめしべを天高く伸ばす。
白と赤にて咲き乱れるは、彼岸花(ひがんばな)。
「 ほ ウ 、珍 し イ 。二 種 の 花 が 咲 く ト は 。鬼 の 養 分 は 人 間 よ リ 特 殊 や モ し れ ン な 」
「げほ…ッ」
「 安 心 せ イ 、そ の 人 間 に 興 味 ハ な い 。わ ざ ワ ざ 種 を 植 え 付 け ル 必 要 性 も な イ 」
後藤の体から離れる代わりに、蛍の体へと絡み付く髪束。
蛍の四肢を拘束すると、華響の前へと持ち上げ運んだ。
ひとつ、ふたつと花が咲く。
蛍の口から、腕から、耳から、足から。
白と赤の花を交互に開く彼岸花に、ほうと華響はたおやかに溜息をついた。
「 嗚 呼 、美 し い ナ ぁ …ま る デ 花 を 纏 う 樹 木 の よ ウ で は な い カ 。長 い こ ト 生 き て き た ガ 、一 度 に こ こ ま で 花 ヲ 咲 か せ た こ ト は な い 」
「…ぅ…」
「 そ し て お 前 と イ う 苗 床 は 死 す ル こ と が ナ い 。永 遠 に こ の 美 し イ 花 々 を 鑑 賞 で キ る 」
「こ、の…! 鬼め…!」
「 ま だ イ た の か 人 間 。折 角 蛍 が 救 っ タ 命 だ 、無 暗 に 散 ら せ テ は 苗 床 が 泣 く ぞ 。──動 く ナ 」
「っ」
華響に冷えた声で告げられると、見えない圧に後藤の足が竦んだ。
十字架のように両腕を広げ、血と共に微かに嘔吐く蛍の体から無数に咲き乱れる彼岸花。
体は死なずとも、永遠に養分にされることは事実上の"死"だ。