第17章 初任務《弐》
「お前が消えてから、私は…私の世界は…ッ」
涙ぐむ声で、震える足で、華響に手を伸ばす。
華響だけしか見ていない目は、微笑む女をひたすらに見つめていた。
「待って、華響は芳乃さんじゃない…ッ」
(何故?)
「え?」
(何故わざわざ辛いことを言う。あの男の生気は、弱り切っている。人間が愛しい存在であるなら、これ以上酷いことを言ってやるな)
「っ…」
蛍の脳裏にしか届かない声で告げると、華響はたおやかに微笑み男へと足を向けた。
「芳乃、芳乃…っ」
縋りつく男の抱擁を受け入れる。
優しく抱きしめ返す華響に、男の目には涙が滲んだ。
「もう何処にも行くな…っ私を置いていかんでくれ…」
弱くも懇願する言葉に、華響は答えない。
しかし優しく見つめ返す瞳は、それだけで男の心を満たした。
細く白い指先が男の頬に触れる。
そうと両手で支えるように顔を包むと、赤い紅を差した唇が音もなく吐息をついた。
噎せ返るような、甘い匂い。
男の目が、耳が、鼻が、目の前の愛しき人に釘付けとなる。
誘われるように、甘い香りに顔を寄せた。
静かに触れ合う唇と唇。
一度も蛍が見たことのない至福の表情で、男は涙を称えた瞳を閉じた。
ず、と歪な音が響いたのはその時だ。
「っ──!?」
満悦の表情を浮かべていた男の顔が一変する。
見開く目には驚愕の色。
華響を抱きしめていた手が、白い着物を鷲掴む。
しかし華響はたおやかな表情を浮かべたまま、がっちりと男の顔を掴み離さない。
ずず、と吸い上げられていく。
蛍の目には見えずとも、みるみる枯れていく男の体に流れゆく命が目視できた。
重なる唇から吸い出されていく生気。
男の体は見る間に骨と皮だけとなり、皺を寄せ干乾びていく。
時間は一分とも満たなかった。
声を出す隙もなく唖然と蛍が凝視する中で、全ての生気を吸い尽くされた男の体が萎んでいく。
「 … ふ 、」
口元に弧を描いたまま、華響の唇がようやく離れる。
顔を掴んでいた両手を離せば、紙屑のようなミイラと化した男の体は、音もなく地面へと崩れ落ちた。
「 や ハ り 不 味 い ナ 。所 詮 、醜 男 は 醜 男 ダ 」