第17章 初任務《弐》
「名前、忘れたの?」
自分の名を忘れることなどあるのか。
恐る恐る問う蛍に、華響の目が細まる。
(お前は忘れていないようだな)
「!」
(人間を喰ってないな…成り立てか)
「…それは…」
(不可解だ)
「え?」
(成り立ての鬼が血鬼術を操れるものか。どういうことだ? 血鬼術は、最低でも人間を二桁は喰わねば身に付けられないものだというのに)
「そう、なの?」
(お前の倍以上は優に生きている。お前より知らぬことはない)
ずいと顔を近付けてくる華響に、自然と蛍の体が後ろに仰け反る。
(だがお前のような鬼は知らない。何者だ?)
蛍に対して興味だけを抱いていた気配が、微かに不穏のものへと変わる。
それでも蛍は、その場から退かなかった。
「私はただの、鬼だよ」
(ただの鬼は鬼狩りと共に行動したりしない。人間を喰わずに血鬼術を身に付けたりしない。…もしや、あの方の差し金か)
(あの方?)
蛍は華響のように相手の思考を読み取ることはできない。
それでもその言葉が誰を指しているのか、目の前から感じ取る気配で察した。
「(もしかして…)…鬼舞辻、無惨?」
「!」
眼球のない真っ暗な瞳孔が、驚きで見開く。
(何故あの方の名を口にできる。やはり上からの差し金か)
「(あ…っ)ち、違うの。私は、誰の差し金でもない。私は、私の思いで、華響と話したいだけ」
(嘘をつけ)
「嘘じゃない! 私の頭の中を覗けるのなら、嘘をついてないことくらいわかるでしょ…っ?」
蛍の言う通りだった。
思考を読めるからこそ、その言葉に嘘偽りがないことがわかる。
初めて口を閉ざした華響に、今度は蛍が詰め寄った。
「私の思いが伝わるなら、杏寿郎が鬼全てに害を成す人じゃないこともわかるはず。私と華響がこうして言葉を交えられるように、人と鬼も言葉を交わすことができる。思いを伝え合えれば、一緒に生きていくことができるの」
「……」
「だから、今からでも…きっと、遅くないから。無暗に人を殺生する気がないのなら、私と一緒に」
(お前、)
伸ばそうとした手は。
(気味の悪い鬼だな)
触れる前に、拒絶された。