第17章 初任務《弐》
(今まで何人も鬼狩りは喰ってきたが、ああも強い生気を宿した男はいなかった。何故そんな男が此処を嗅ぎ付けたのか…わざわざ住処を変えたと言うのに)
「住処、変えてたの?」
(この美しい都から去る気はないが、転々とな。生憎とこの土地は広い。妾とて莫迦(ばか)ではない。挑みに来る鬼狩りは殺すが、不必要な殺生はしない)
「じゃあ人を殺すことに、積極的じゃないってこと?」
外部の鬼は、誰もが人間を餌と見做(みな)し襲う化け物である。
そう聞かされていたからこそ、蛍は寝耳に水だった。
(妾は妾を美しくするものの生気だけ奪えればいい。無暗に喰い散らかしても、己の道を狭めるだけだ)
「じゃあ、じゃあ…人との共存も、考えられるってこと?」
つい体が前のめりになる。
拳を握り問いかける蛍に、眼球のない女の目が止まった。
(共存?)
「そう。共存」
(…そうだな。それは一理ある。己の餌場で人間を喰い尽くすなど、莫迦のすることだ)
「う、うん」
望んだ答えでなかったが、それでも希望は見えたような気がした。
自分と同じように、人と共に生きる道を選べる鬼もいるのではないか。
実弥やしのぶが言うような、滅すべき鬼だけの世界ではないのではないか。
「わ、私ね。あの人…鬼狩りのあの人と、一緒に行動してるの。あの人は私が鬼だってわかっても、殺さないから」
(…それは真か?)
「うん。私もあの人を襲ったりしない。お互いにお互いを認め合って、共存できてる。人と鬼でも」
(……)
「だから貴女にもできるんじゃないかって…っ」
「 ふ 、」
最初の一声は、蛍の耳では拾えなかった。
鼓膜は破けているのだ。
「 は、ハ … ア は ハ は ハ ハ は !!!」
だが叫ぶような甲高い女の声は、蛍の声を止めた。
腹を抱えるくらいに笑う姿を、前にして。
「 ふ、フ ふ …(ああ、すまない。お前は本当に面白い鬼だな)」
「…面白いこと、なんて…何も…」
(名を)
「え?」
(まだ名を訊いていない)
「あ…私、は…彩千代、蛍」
(蛍か。妾は華響)
「かきょう?」
(人間の時の名は忘れた。華響は自身で付けた名だ。美しい名だろう?)