第17章 初任務《弐》
(名前を訊いている)
「なんで声が…」
(簡単なことだ。先程お前の耳の中を覗いた時に、残しておいた)
するすると解けていく女の髪先に絡まっていたのは、小さな小さな種。
見覚えのあるそれに蛍は、はっとした。
(そうだ、あの時拾った種…!)
(ご名答。この種こそが妾の血鬼術。それをお前の頭の中に植えておいた。故に言葉を発さずともお前の思考は読み取れるし、妾の思考も送り込める。どうだ、便利なものだろう?)
「あ、頭に植えたっ? 種を?…っ!」
女の説明に忽ち顔を青くしたかと思えば、蛍は慌てて片耳をバシバシと掌で叩き始めた。
しかしどんなに頸を傾けて耳を叩こうとも、種は転がり出てこない。
(無駄だ。一度植えた種は、妾の意思でしか取り除けない。だがお前も妾と同じ鬼だ、その花は咲かせず種のままにしておいてやろう。であれば害はない)
「じゃあ…やっぱり花吐き病の原因って…」
(ああ、人間共はそんな低俗な名で呼んでいたか。妾の血鬼術は"花紅柳緑(かこうりゅうりょく)"。美しきものに相応しい名だ)
どうやら女は美に執着する鬼のようだった。
だからこそ病の発症者も、何かと目を惹く者達が狙われていたのだろう。
「鬼が、人間を喰べる理由はわかる。でも花吐き病で命を奪う理由は、わからない。…なんの為に殺すの?」
(ふふ…お前はまだまだ幼いな)
思いきって問いかけてみれば、女は赤子を見るようにくすくすと笑った。
(妾の術は、人間共の体に植え付けた種から生気を奪う。少しずつ、少しずつ、時間をかけて。美しきものから奪う生気は、より少しずつ。美味しいものは、時間をかけてゆっくり味わいたいだろう?)
お歯黒の口から発せられていた時とはまるで違う、流暢で美しい声だった。
そこには人間への慈悲など微塵もない。
(っならなんで杏寿郎は…)
(きょうじゅろう? 誰だそれは)
「っ」
(ああ、答えずともお前の頭を覗けばわかる。…そうか。お前は昨日、此処へ来ていたのだな)
蛍が応えずとも、女には手に取るように理解できた。
植え付けた種から伝わるものが、杏寿郎が何者であるか教えてくれる。
一度見たら忘れない、太陽のような風貌と熱い炎の呼吸の持ち主を。
(あの鬼狩りと)