第17章 初任務《弐》
「血鬼術は未熟でも…私には、誰より強い師がついてる」
きぃん、と強い耳鳴りがしたのは一度だけだった。
鈍い痛みが続く中、女のしゃがれた声はすぐに蛍の耳には届かなくなる。
「だから、歌は効かない」
咄嗟に思い出したのは、杏寿郎の初任務の話だった。
杏寿郎が自身の聴覚を遮断し、鬼の笛の音から逃れたように。蛍自身の鼓膜を絶ち音を遮断すれば、花吐き病にて体を毒される心配もなくなる。
邪魔な着物の裾を自ら引き裂き、すらりと伸ばした足で一歩下がる。
腰を低めて右手を脇、左手を前に戦闘態勢を取る。
夜の水面に揺れる金魚のような姿をしながら、その目は鋭く光を放つようだ。
相反する姿を成す蛍を前に、女は唇の端を裂くように大きく笑った。
「 ふ 、フ … は は ハ! 確 か ニ 鬼 な ら 鼓 膜 を 破 こ ウ と も 蘇 生 ス る 。未 熟 な 割 に 潔 イ 。気 に 入 っ タ 。お 前 も 鬼 ナ ら 妾 と 拳 を 交 エ る 意 味 は ナ い だ ろ ウ。来 イ 」
「予想よりよく喋る鬼なんだろうけど…ごめん。何言ってるかわかんない」
「 ア あ 、そ う ダ っ た な 。フ ふ 。そ ウ だ っ タ 」
「?」
女が肩を震わす程に笑っているのは、見ればわかる。
構える蛍に対し棒立ちの女は、戦う意思はないのか。
耳を流れ落ちる鮮血を拭いながら、蛍もどうしたものかと握った拳の力を抜いた。
相手が敵となるならば戦う気はあった。
しかし相手にその意思がなければ、拳を向ける気はない。
何故なら。
(やっぱり、この女は鬼だ。私と、同じ)
女が蛍の血鬼術をすぐさま見抜いたように、蛍もその身に触れてすぐに理解した。
これは、自分と同類の生き物だと。
「 な ラ 話 せ ル よ う に シ て や ろ ウ 。──お前、名は?)
「え…っ」
破れた鼓膜で、声は届かないはずだった。
なのに頭の中に直接語り返られているかのように、女の声が響いたのだ。