第17章 初任務《弐》
「っこの…! 鬼めェ!!」
そこへ飛び込んできたのは、拳を握りしめた男だった。
殴りかかろうとするも、女が片手を払うと簡単に男の体は吹き飛んだ。
背中から強く鳥居の柱に衝突し、ずるずると力なく落ち込む。
「 お 前 は 要 ら ナ い 。美 シ く な イ 」
どうやら清の子供なりの感覚は当たっていたようだ。
蛍が驚く中、女は男に目を向けたまま口を開いた。
またあの童謡を歌う気なのか。
蛍は握り潰されている喉の手を掴むと、渾身の力で引き剝がした。
「っげほ…無意味、だって言ったでしょ…ッその歌が花吐き病の、原因だって、わかってる」
ぎりぎりとせめぎ合う、獣のように鋭い爪を持つ手と手。
眼球のない目を再び蛍に向けると、じっとない目で女は見つめた。
「 お 前 、妙 な 術 ヲ 使 う ナ 」
ざわざわと蛍の顔を這っていた黒髪が、蛇のように先へ先へと伸ばしたのは蛍の耳の中。
「っ…!?」
「 耳 を 塞 イ で い ル の は 、お 前 ノ 血 鬼 術 か 」
耳を弄られることへの悪寒。
体を震わす蛍の隙を突いて、意思を持った髪はずるりと何かを引き抜いた。
女の髪と等しく、生き物のように蠢いている真っ黒な影の切れ端を。
「 ア の 男 の 耳 も そ ノ 術 で 塞 い ダ の だ ナ 」
「っ…」
「 だ が ま ダ ま だ 未 熟 ナ 術 ダ 」
女の髪が次々と絡まり、太く鞭のように変わる。
握り込んだ蛍の影は、たちまちそのしなやかな髪束にぐしゃりと潰された。
「 妾 の 足 元 に モ 及 ば な イ 」
「っ…だったら、」
つり上がる唇が再び歌を奏でる前に、蛍は歯を食い縛ると掴んでいた女の手を自ら放した。
バチンッ!
「!?」
「っ…ぅ、」
その手で叩き付けたのは地面でも目の前の女でもなく、自身の両耳だった。
強烈な平手により真っ赤に腫れた耳朶を伝い滲み出たのは、赤い新血。
眼球のない瞼を見開く女の前で、蛍は鈍いに痛みに眉を潜めながら倒れていた身を起こした。