第17章 初任務《弐》
何から守りたいと思ったのか、明確なものはわからなかった。
ただその安息の表情を、見続けていたかったのかもしれない。
生い立ちも家系も立場も全く違う。
しかし蛍と等しく、浮世の世界で生きることを強いられた杏寿郎の姿を垣間見た気がした。
柱と成るべきことが当然で、人の上に立つことが常識だと教えられた彼の道を。
そんな杏寿郎の生き方を否定したい訳ではない。
ただ守りたいと思ったのだ。
屈強な炎の志の下にある、誰にも見せない彼の儚い片鱗を。
「変ですよね。私よりずっと強い人なのに。力も心も。でも、だから守りたいって思ったのかな…今の自分を当然のものと受け入れているから。そうじゃなくてもいいんだって、彼が教えてくれたように。私も、伝えたかったのかもしれません。今のままの杏寿郎じゃなくてもいいんだって。せめて、私の前では」
「……」
「だから……え、と」
じっと耳を傾け目を向けてくる男の沈黙に、今更ながら熱く語っていたことが気恥ずかしくなる。
しかし自覚した時には遅かった。
羞恥から言葉を濁す蛍に、男はにこりと笑う。
「貴女こそ、心から愛してはるんですね。その方のことを」
「は、はい…」
戸惑いはあったが、迷いはなかった。
素直に頷く蛍に、男もまた笑みを深くする。
「もしかして昨日共におらした、あの男性ですか? 珍しい髪色をしはった」
「えっ。あ…その、」
「ああ。彼なんですね」
「!」
「若いのに意志が強そうな瞳をしていた。貴女と私の間で盾になりはった時も、静かだが決して譲らへん意志と強さが伝わってきはりましたし」
「ええと…」
「なうー」
「あ! 猫! 此処、猫がいるんですよね!」
「猫?」
あっさりと見抜かれたこともそうだが、その過程で昨日のやり取りを振り返られることに羞恥が募る。
行きにも聞いた猫の鳴き声を救いとばかりに、蛍は男から顔を背け声の主へと駆けた。