第17章 初任務《弐》
一定の静かな揺れを感じる空間。
静寂とは遠い空間であるのに居心地は良く、疲労や怪我などなくとも眠りに落ちることができた。
その眠りから醒めたのは、額に柔らかな感触を感じて。
微睡みの中で瞼を開ければ、間近に見えたのは金輪の双眸。
あさかぜ号の狭い寝台の中。
朝の空気の中で見つめてくる瞳は、いつもの穏やかなものとは違い、気恥ずかしそうに揺れていた。
『…おはよう、蛍』
『ん…おはよ、杏寿郎。よく眠れた?』
『ああ。任務中にここまで深く眠れたのは、初めてだ』
『そっか。よかった』
『蛍は、体を痛めていないか。俺が抱き枕にしてしまったからな…』
『ううん、大丈夫。私も望んだことだし。体も、平気』
恋仲となる女性を今まで作り上げてこなかったのだ。
そんな経験などなかったのだろう。
甘えの動作一つ、求める声一つ、どこか拙く幼い。
普段の彼を知っていればいる程、かけ離れた珍しい姿だ。
『寧ろ嬉しかったから。また甘えてくれるといいな』
『む…しかし』
『無理にとは言わないから。でも、杏寿郎はどう?』
『俺は、とは?』
『杏寿郎が私の立場だったら』
『……』
『嫌な思いなんてしないでしょ?』
癖のある前髪が逆立ち広く見える額に、唇で軽く触れる。
そうして先程、彼が目覚めの口付けをくれたように。
柔らかな焔色の髪を撫でて、沈黙を作る顔に、ね。と笑いかければ。
凛々しい眉を優しく下げて、杏寿郎は小さな吐息をついた。
『なら…日が昇り切るまで、もう少し。ここにいても、いいだろうか』
ゆっくりと頭を下げて、胸に顔を預けてくる。
わざわざ問いかけてくる必要などないのにと思ったが、それが煉獄杏寿郎という男なのだろう。
剛毅果敢に他者を引っ張っていく資質も包容力も持ち合わせている。
だからこそ自分の弱さを、他者にも自分にさえも見せてこなかった。
『ん、』
無防備に己を晒すことに、こんなにも不器用で。
それが堪らなく愛しいと思った。
多くは語らずに、迎え入れるように腕を伸ばした。
ほ、と安堵にも似た杏寿郎の吐息を感じて、何故か胸の奥がぎゅっとした。
自分より大きな体を丸めて寄り添う、この愛おしい人を。
ただただ守りたいと。