第17章 初任務《弐》
疑問は幾度も湧いたが、今一番成すべきことは誤解を解くことだ。
「私は!」
「っ」
「貴方の奥さんを知らないし、手もかけていない!」
男の襟首を掴むと、有無言わさず蛍はその視界に己の顔を晒した。
「昨日花吐き病の話をした、竹笠の女です!」
「──落ち着きました?」
「…すんません…妻のこととなると、なんも見えへんくなってしもうて…」
(うん。それはよくわかった)
蛍の気迫と物理的な押さえ付けに、男もようやく耳を貸した。
昨日の今日だったことが功を成したのか、化粧も身形も全く違うものだったがどうにか蛍だと信じて貰えたようだ。
「でもなんでこんな夜更けに一人で…」
「…言うたでしょう。鬼を捜しとったんです」
「あの。そのことなんですが、何故鬼の仕業だと?」
深夜の稲荷山の頂上、男以外の人の気配はない。
話の通り、一人で徘徊していたのだろう。
夜な夜な繰り返していたのか、昨日昼間出会った時より男はやつれた顔をしていた。
「もしかして鬼を見たとか…」
「ええ…見ました。妻を失のうたあの日に。妻の体を喰らう鬼を…っ」
「その話、詳しく聞かせてもらえませんか」
山頂に構える一ノ峰上社。
その立派な大社の前にある石段に腰を落ち着けて、蛍は男に問いかけた。
「貴方が見た鬼は、どんな姿をしていたんですか」
「…あの鬼は…」
暗く濁った男の瞳が、ぼんやりと暗闇を彷徨うようにして泳ぐ。
やがてその視線が辿り着いたのは、闇夜で映える金魚のような蛍の姿だった。
「えらい…美しい姿をしてました。この世から隔絶されたもののように。貴女の姿も、この世のものとは思えんで…つい、」
「…まぁ…こんな格好で夜の参道を歩いていたりしたら、そうも思いますよね…」
「すんません」
「い、いいえ。でも危険ですよ。こんな所で一人でいたら。その鬼に貴方まで喰われてしまう」
「いいえ。私は大丈夫です。この稲荷山を夜更けに歩き回るのも、十数回目。せやけど鬼に襲われたことはあらしません」
「そんなに?」
だからこれ程までにやつれていたのかと納得はしたが、新たな疑問が蛍の中に生まれた。