第17章 初任務《弐》
歌の通り、自分が鬼と化しても変わらず姉のままで居続けてくれた。
人のまま、人であった頃の蛍を愛し、そして人のままに死んだ。
「…姉さん」
肩にかけていた番傘を下ろす。
自然と口にした最愛の人の名に、呼応するかのように。
かさりと背後の茂みが揺れた。
背を向け無防備に立っていた蛍に、茂みから飛び出した何かが襲い掛かる。
両肩を掴まれ伸し掛かられた時は驚きもしたが、抵抗できない強さではなかった。
「な、んの…!」
「っ!?」
番傘を放り出して、逆に目の前の相手の肩を鷲掴む。
足払いをかけてその場に転がすと、伸し掛かり頸に腕を押し当てた。
「う、ぐ…ッ」
「!」
触れられれば一気に現実味が増す。
捜していた白い着物の女かと思ったが、相手の身形は蛍の予想とは全く違っていた。
「貴方は…」
「げほ…ッ!」
頸に押し立てていた腕を離せば、咳き込みながらも見上げてくる。食い入るような視線は、昨日も向けられたものだ。
それは花吐き病にて妻を失い、彷徨うように伏見稲荷大社を徘徊していた男だった。
「なんで此処に…」
「っお前やろ…!」
「え?」
「お前が…! 妻を返せ!」
「何を急に…っ」
蛍だと認識していないのか、力で押さえられても食いかかる男に蛍は困惑した。
相手は鬼ではない一般市民である。
傷付ける訳にはいかない。
「言ってる意味が…私は昨日お会いした、」
「知ってるわ! 鬼や!!」
「え」
「妻を喰ろうた鬼やろう…!」
見透かされたような指摘に一瞬反応が遅れたが、どうやら男は蛍を鬼と見破った訳ではないらしい。
花吐き病の元凶である鬼と重ねているようだ。
「ち、違います! ほらよく見て! 昨日お会いしたでしょう! 私は…っ鬼殺隊の、同志です」
鬼殺隊と名乗るべきか一瞬躊躇した。
それでも告げる蛍の言葉に、男の気迫は止まらない。
「なに訳のわからんことを! つべこべ言わず妻を返せ!」
(この人、鬼殺隊のことは知らないのっ?)
鬼殺隊を知らずして鬼を認知していることなどあるのか。
実際に鬼と出くわしたことがあるのかもしれない。
なら何故この男は生きているのか。