第17章 初任務《弐》
からり、ころり。
赤い鼻緒の下駄を鳴らし、一人。蛍は延々と続くような鳥居のトンネルを歩いていた。
くるくるりと回す番傘の下で、人気のない闇を静かに見つめる。
からり、ころり。
足音は一つだけ。
昨夜とは違い、ちりちりと夏夜の虫の音が響く。
夏の生暖かい空気を頸筋に感じながら、ほうと吐息をついた。
「なおんっ」
「ひゃっ!?」
刹那、足音から響く声に体が跳ね上がる。
先程までの気怠げな空気を一変、蛍は両手できつく番傘を握りしめたまま声の主を凝視した。
「ね、ねこ…」
「なぅ~」
其処にいたのは、なんてことはない一匹の野良猫だ。
人に慣れているのか、臆することなく足元に寄る白猫に蛍は眉を八の字にしながらも胸を撫で下ろした。
ちりん、と猫の頸に下げられた小さな鈴が揺れる。
「吃驚した…」
「なう」
「私はご飯なんて持ってないよ」
「なぁ~」
「なぁに? そっちは戻る道だから私は行けないなぁ」
甘えた声で餌を強請る姿は愛らしくもあるが、何度も振り返り背を向ける猫は蛍が今し方来た道を戻ろうとしている。
そちらへは行けないし、今は構っている余裕はない。
「ごめんね、今は相手をしていられないから。ほら、お行き」
膝に擦り寄る柔らかな毛並みを優しく撫でて、ひらりと払うように片手を振れば、望む対応ではないと悟ったのか。じっと見上げた後、暗闇に溶けるように足早に去っていった。
最後に今一度振り返った瞳だけが闇に二つ、金色に光り忽ち姿を消した。
「はぁ…心臓に悪い」
鳥居のトンネルの隙間を潜り出ていく猫を見送り、脱力。
囮役を買って出たはいいものの、一人で夜の稲荷山を登るのは想像以上に勇気がいるものだ。
(早まったかな…)
微塵も怖がる素振りのない杏寿郎が傍にいれば、それ程心強いものはなかった。
花を吐き続けようとも共に行動すべきだったかと一瞬後悔をしたが、すぐに思い直す。
(これは任務。仕事。泣き言なんて言っちゃ駄目だ)
ふるふると顔を横に振る。
まだ稲荷山を登り始めて半分程だ。
炎柱の継子とあろうものが、これしきのことで弱音など吐いてはいられない。