第17章 初任務《弐》
慌てて音を立てないように腰を上げる。
去ろうとしている後藤の姿勢が読み取れたのか、抱きしめた蛍越しにじっと目を向けていた杏寿郎が、不意に口元を緩ませた。
しぃ、と己の口に人差し指を立てる。
他言はするなとでも言うかのように。
「杏寿郎。それ、くすぐったいってば」
「うん? ああ、すまない。蛍の肌が余りに綺麗で、つい跡を付けたくなってしまった」
「そ、そんなもの付けたら後藤さん達に何言われるか…っ」
「その心配はないぞ」
「なんでそんなはっきり言いきれるの」
「隠の彼は、他者の空気を読める男だと感じた」
「あ、それはわかる。凄く」
「と言うことで跡を付けても構わないだろうか」
「えいやそれは…って近い!」
身を捩る蛍に目を向ける杏寿郎に、先程までの威圧は微塵もない。
朗らかに笑う裏のない顔を最後に、後藤は慌ててその場から立ち去った。
これ以上見ていては、己の良心が痛む気がしたこともある。
「…はぁ」
部屋から離れて、ようやく一息。
無意識に出た溜息は、先程の炎柱から感じた威圧から解放された反動か。
(前々から師弟にしちゃ仲が良いとは思ってたが…そういう関係だったとはな)
二人の関係性にも驚いたが、何より驚いたのは鬼である蛍を異性として受け入れた杏寿郎にだ。
「まさかあの炎さんが…」
面倒見が良く人当たりの良い柱だと評判だが、何処を見ているかわからないかち合わない視線に、切る時はばっさりと切り捨て強制的に話を終わらす節もある。
そして鬼に対しては、容赦なく業火を振るう炎の呼吸の使い手だと言われている。
柱は皆共通して鬼に対し容赦はないのだが、それは杏寿郎も例外ではなかったはずだ。
その男が、鬼である蛍にあんなにも優しい笑みを向けられるとは。
驚愕もしたが、後藤もまた元々鬼である蛍に理解を示していた者。
気疲れの溜息は出るものの、その声は落ち込んでなどいなかった。
(そうか。蛍ちゃんは、しっかり進めていたんだな)
彼女に理解を示していたのは、自分や義勇だけではなかった。
そのことが何より嬉しくて。