第17章 初任務《弐》
ふ、と微かな吐息をついて唇が離れる。
十分に蛍の顔が伺える程の距離を取ってようやく、杏寿郎も塞き止めていた息を吐いた。
「今度は触れられたな」
「…そんなに触れたかったの?」
「無論!」
満足そうに笑う杏寿郎とは対照的に、蛍は羞恥の入り混じる顔で見返す。
しかしその身を猫のように摺り寄せると、額を広い肩に預けた。
「まぁ、その気持ちは、わからなくもないけど…」
ぽそぽそとか細い声で告げられる本音。
その手は杏寿郎の羽織の裾を軽く握って離さない。
不器用ながらもおずおずと見せてくるのは、それこそ杏寿郎が望んでいた蛍の甘えだ。
女を全面的に押し出すような色香纏う姿をしているというのに、甘える仕草はどことなくぎこちない。
見た目や空気をどんなに変えようとも蛍は蛍のまま。
変わらない不器用な甘さに、杏寿郎は愛おしげにその身を引き寄せた。
「あと一刻もすれば夕闇となる。それまで、もう少し蛍の時間を独り占めしていてもいいだろうか」
「…ん」
折角その身を映えさせる為に選び飾った衣類。
なるべく皺を作らないようにと注意を払いながら、背に手を回し柔い体を抱きしめた。
細い首筋に顔を寄せれば、くすぐったそうに蛍の身が捩る。
「息、くすぐったい」
「嫌か?」
「…嫌じゃないけど…」
「ならばもう少しこのままで」
声は優しく蛍を誘いながら、見開いた双眸は薄暗い部屋の中で凛と光る。
じっと見据えるは、後藤が覗き見ていた襖一枚隔てた向こう側だ。
(やべぇ…っ)
ごくりと唾を飲み込み襖の隙間から覗いていた後藤は、急にかち合う目線に息を呑んだ。
なるべく悟られないように気配を殺していたつもりだったが、炎柱には見抜かれていたのか。
静かだが圧のある視線を肌に感じて、ぶるりと後藤の危機感が震えた。