第17章 初任務《弐》
「…どう? 落ち着いた?」
「ああ。すまない」
「そこは、ありがとうでいいよ」
「うむ。ありがとう」
はらはらと踊っていた赤い花弁の舞いが、ようやく止まる。
等しく背を擦る手を止める蛍に、笑顔を浮かべていた杏寿郎はふとその先を視線で追うと、微笑みを消した。
「…手は完治したようだな」
「ああ、うん」
炎虎により肘から先を喰われていた蛍の腕は、爪の先まで元通りの綺麗な形をしていた。
見た目は何も問題はないが、この手で傷を負わせてしまったことに問題がある。
「治るのに、聊か時間がかかったように思うが」
「当然だよ。炎柱の技だし」
「今回ばかりは喜べるものではないな…」
「そうかもしれないけど。でも、そこまで気にしなくていいよ。寧ろ師範の技を避けられたんだから、褒めてくれたら弟子は嬉しいかな」
気を静める杏寿郎とは反対に、蛍は明るく笑う。
ほら、と言って頭を傾けてくるのは、褒めろというサインだ。
杏寿郎から見れば、蛍は甘え下手な印象がある。
苦しい立場になればなる程、彼女は己の足で立ち進もうとする。
今ここで見せている甘えは、相手を思いやって生まれたものだ。
杏寿郎が望んだ蛍の甘えではなかったが、それでも愛おしさは募る。
「ああ。流石は、俺の継子だ」
傾けられた頭を、髪型を崩さないようにと優しく撫でる。
そのまま後頭部に掌を滑らせると、嘔吐により座り込んでいた体制のまま目の前の体を抱き寄せた。
「…杏寿郎?」
「だが己が手で大切な女性(ひと)の身体を傷付けたことは許しがたい。すまない」
「…そこは、次から気を付けるでいいよ」
「うむ、」
少しだけ体を離して、元通りとなった蛍の手を掬い握る。
「二度と己が刃で、蛍を傷付けはしない。約束する」
「…ん」
口元まで持ち上げた白い手の甲に、そっと唇で触れる。
くすぐったそうに頷く蛍の姿に目を細めると、座り込み同じ高さとなった顔の距離は呆気なく縮められた。
一息だけ息を吸い込み、止める。
気道を止めた唇から、赤い花弁は落ちてこない。
そうして嗚咽を抑えたまま──今度こそ。
紅一匁が映える鮮やかな唇と、重なった。