第17章 初任務《弐》
「ううむ…触れたいものに触れられないのは…至極問題だな…」
「だから最初から言ってるよね問題って。自覚するの遅いです」
己の顎に手をかけて、難しい顔で唸る。
ようやく状況を理解した杏寿郎の危機感に、蛍は脱力気味に肩を下げた。
「会話くらいならどうにでもなる。だが蛍に触れられないのは問題だ」
「私に触れることより会話の方が今は大事だから。任務。鬼殺隊。柱でしょ」
「何を言う。任務も蛍も大事だ!」
「ちょ…っ声大きいっ後藤さん達にまで聞こえるから…っ」
「そして俺は炎柱の煉ゴホッ!」
「あー! 言わんこっちゃない! 大声出すとすぐに花吐くんだから! 今名乗る必要あるかな!?」
はらはらと杏寿郎の大きく開けた口から舞う、真っ赤な狐百合。
等しく真っ赤な尾鰭のような袖を乱して背を擦る蛍の姿は、変わらず妖艶なものだったが雰囲気がそぐわない。
「大事に思ってくれるのは嬉しいけどねっそれ以上に今は自分を大事にして下さいっ」
「しかし自分の体を大事に見たところで治ゲホッければ意ゴホッ」
「なんて?」
「ないングッ」
「待って会話もどうにでもなってないから。お手上げだから」
「く…よもや、だな…」
「本当よもやよもやだよ。杏寿郎には」
「っ俺にか」
「俺にです」
(…ありゃ杞憂だな)
そんな二人の様子を、廊下の隅からそっと様子見に来ていた後藤は、黒子のような覆面の下で溜息をついた。
心配してこっそり伺いに来れば、なんてことはない。
隠の隊舎に二人で訪問しに来た時のように、時に師と継子には見えない掛け合いで空気を賑わせている。
眼孔も声も存在も主張の強い炎柱を前によく堂々と発言できるものだと蛍には感心すらするが、その蛍相手だと杏寿郎も知らない顔を見せるのだ。
蛍に大人しく背を擦られながら、子供のように顕著に感情に従っている姿は、とても灼熱の炎を巻き上げる呼吸の持ち主には見えない。
(まぁ、仲良くやってんなら何よりだけどよ)
何かと個性の塊である柱は、他者と折り合いがつかないことも多い。
義勇と実弥が顕著な例だろう。
それに比べれば可愛げのある掛け合いだと、後藤は苦くも笑った。
不仲であるより余程いい。