第17章 初任務《弐》
返事は簡素なものだったが、じわりと熱を帯びた顔を逸らす。
視線を逃がし、細い頸を逸らす、何処か影を纏う艶美な姿。
嗚呼、と溜息が零れそうになる。
「いつまでも見ていたいと思うが…"ここ"でだけだ」
その様を余すことなく閉じ込めてしまえたら。
紅入れを握りしめたままの腕を反対の壁にとんと付けば、簡単に目の前の体は囲えてしまった。
「俺の腕の中でだけ、艶やかでいてくれ」
柔らかな髪に半ば埋もれた愛らしい耳朶へと、唇を寄せる。
嗅ぎ慣れた蛍の匂いとは違う、粉白粉の匂いが鼻を掠めた。
慣れない化粧用品の匂いなど良い気はしないのに、それが恥じらい魅せる蛍が纏う匂いだと思えば体の奥底が熱くなる。
すんとその香りを飲み込めば、ぴくりと赤く染まる耳が震えた。
「…そんな、大層なものじゃないよ…」
ようやく唇を開いたかと思えば、か細くも届いたのは否定にも似た声。
「だから、その…ち、近い」
「触れたいから近付いている」
「っ」
「君の過小評価する癖を、直せとは言わないが」
触れられる程の距離で、しかし触れることはなく。
間近で蛍を捉える両の目が、ちりりと灯火を燃やした。
「俺にどれだけの影響を与えているか、もっと自覚するべきだな」
逃げるように逸らされ晒された白い首筋に、杏寿郎の熱い吐息がかかる。
ひくりと頸を竦め縮ませる仕草は愛らしくもあるが、今はその逃げの一手が何かと胸の奥底を燻った。
「蛍」
するりと顎を包むように片手を添え、こちらへとその視線を向けさせる。
ようやく重なった瞳は、熟す赤い実のように瑞々しく濡れていた。
「…ぁ」
か細い声は鈴の音のように。
その音を塞ぐように、ゆっくりと顔を寄せる。
赫々と縁取る小さな唇に、己のそれを重ねた。
「ゴホッ!」
「んぷっ」
瞬間。唐突に咽た杏寿郎の口から溢れたのは、真っ赤な狐百合。
口付けを邪魔するかのように互いの唇を塞ぐ花に、どちらともなくぱちりと目が瞬いた。
「……すまん」
「やっぱり、早く治さなきゃね…」