第17章 初任務《弐》
残像を目に焼き付ける程に鮮やかな姿であるのに、触れた傍からすり抜けて消えてしまいそうにも思える。
杏寿郎の知らない、蛍の顔だ。
「俺の知っている女性というものは、それ程に色鮮やかで儚い姿を成すものではなかった。…不思議だな」
「まぁ……普通は、そうかも」
「普通とは?」
「え」
「君の言う普通とは、何を以て示すものなんだ?」
「…え、と…」
射貫くような視線を前にして、蛍は言葉を詰まらせた。
取り繕うような嘘をつけばすぐに見破られそうな、澄んだ瞳だ。
その目を前にして嘘はつけない。
かと言って正直に話せる訳でもない。
自分が歩んできた、鮮やかながらも偽物だらけの世界のことなど。
「っそうだこれ。この口紅、蜜璃ちゃんに貰ったの。まさかこんな所で役に立つとは思わなかったけど」
「む? 甘露寺にか?」
「うん」
咄嗟にできたことは、話の流れを変えることだけだった。
蛍自身わざとらしい切り替えだとも思ったが、元継子の彼女のことだからか。杏寿郎は思いの外興味を示した。
「いざという時に使えって。流石恋柱だよね。女が武器になる任務もあるって、よくわかってる」
その場を取り繕う為の誉め言葉だったが、差し出された紅入れの小さな容器をまじまじと見る杏寿郎も感心気味に頷く。
「成程。そういう類のものは、男である俺にはわからないことだな」
「蜜璃ちゃんに感謝しなきゃ」
「うむ。だがその戦法は、俺の目が届いている時だけにしてもらおうか」
「勿論。師範を無視して勝手なことはしな」
「その前に、」
紅入れを持つ手を握り込み、一歩踏み出る。
日光から逃れるように部屋の奥に立っていた蛍の横壁に、とんと杏寿郎の手がついた。
「俺も男だ」
「うん?」
「俺の目の届かない所で、蛍のその姿を他人に晒したくはない」
「…うん」
蛍はとりわけ鈍感な訳ではない。
真っ直ぐに向けられる杏寿郎の言葉と視線の意味をようやく悟ると、人工の色味ではない熱で頬を赤らめさせた。