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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第17章 初任務《弐》



(つい癖で。いけないいけない)


 露出していた鎖骨を見えないように隠す。

 着飾ると一言で言っても、町娘のお洒落などは知らない。
 月房屋で習った化粧や着衣のいろはを元に飾り立ててみただけだ。
 その癖が微塵も抜けていなかったことに半ば自分で自分に感心しながら、蛍はまた笑った。


(長年の習慣にしてたからかな。抜けないもんだなぁ)


 どこか影を残す艶やかな笑み。
 知っている女の見知らぬ表情に、杏寿郎の目が止まる。


「あ、そうだこれ。ありがとう」


 そんな杏寿郎の視線を感じてか否か。蛍は思い出したように、被っていた羽織を手渡した。

 するりと肌を滑る炎柱の羽織。
 いつものようにきちんと着衣はしているものの、柔く結ばれた髪の間から覗く白い肌に、映える鮮やかな紅を差した唇や目元。
 いつもより深く影を落とす睫毛の下から光る緋色の瞳が、蛍火のように余韻を残して流れ泳ぐ。
 その視線の流し方一つ、仕草一つ、身動ぎ一つ。
 息を呑むように目が離せなくなり、杏寿郎の視線は再び釘付けられた。

 良くも悪くも、煉獄杏寿郎は異性の外見や身形に一喜一憂するような男ではなかった。
 なかった、はずだった。


「…蛍」

「ん?」

「任務の為とは言え…今の君を外に出すことに、気が乗らない」

「まぁ…そうだよ、ね。場所を選ぶ化粧だもんね。でもお天道様の下じゃなく、お月様の下を歩くくらいなら許されるんじゃ」

「許す許されるの問題じゃない」


 苦い笑みでさえも、そのほろ苦さが一層艶やかな色香を纏うようだ。
 無意識に伸びた手が、ふわりと肩にかかっていた毛先に触れる。
 辿るように頬へと掌を添えれば、薔薇色を添えた瞳が向いた。


「太陽の下でも月の下でも、今の君を晒してしまえば連れ去られそうだ」

「大丈夫だよ。私は鬼だから、そう簡単に人にやられないし」

「そういう問題でもない」

「?」


 唇の動き一つ。視線の動き一つ。
 身に着けた赤い尾鰭のような袖の揺れ一つまでも、目で追い捉えてしまう。

 目を離さないのではなく、離せないのだ。

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