第17章 初任務《弐》
「何か…わっ!?」
杏寿郎が何か、と後藤に問いかけようとした。
しかし答えを聞く前に、蛍の体は強い力に引き寄せられた。
ふわりと視界を舞うのは、先程指差していた鮮やかな炎の羽織だ。
落とした羽織を拾い上げ、蛍の前まで移動し、その体に羽織を被せた杏寿郎の行動は、その場にいた誰もが目で追えなかった。
驚く程の速さで一連の動きを収めた杏寿郎の目は、未だ蛍を凝視している。
「し、師範? なん…」
「女物の扱い方がなんたるかは知らないが!!」
「は、はいっ」
ようやく口を開いたかと思えば、びりびりと肌を刺すような声が部屋中に響く。
思わず体を正す蛍の前で、額に血管さえ浮かべながら至極真面目な顔で杏寿郎は叫んだ。
「掛襟を開け過ぎではないだろうか!!!」
「……はい?」
「一体何言われるかと思った…っ着飾りで遊ぶなって怒られるかと思ったのに」
「囮役の為の飾り立てだろう。何故怒る必要がある。それより笑うようなことを言ったか? 俺は」
「いや、なんか、拍子抜けしたっていうか…あははっごめん」
物凄い剣幕で迫られたからこそ、怒りの怒号が向けられたと思っていた。
しかしその口から出た言葉は、着衣のどうのこうの。
笑いもするものだと、蛍は再びつい先程の出来事を思い出してまた笑った。
余りの杏寿郎の剣幕に驚いている清達の前から、慌ててその手を取り連れ出したのが凡そ十五分程前。
羽織を頭から被ったまま廊下に出れば、それはそれで日光に当たると杏寿郎に声を張り上げられ、逆に強い力で有無言わさず別の部屋へと引き摺り込まれた。
「そこまで着衣を崩す必要が何処にある? 見栄えをよくする為に着飾るのだと、君は言っていただろう」
「うん、そうだね。師範の言う通りです」
なんとなく事情を察していた後藤がその場を取り持ってくれたのか、清達が慌てて部屋に顔を出すことはなかった。
空気の読み方が鬼殺隊一上手いのではと後藤に内心感謝しながら、蛍は未だこみ上げる笑いを耐えてきちんと襟を正し合わせた。