第5章 柱《弐》✔
するりと、それは唐突に。
「!?」
一瞬、天元自身も何が起きたのかわからなかった。
急に掴んでいた蛍の手首の感覚がなくなったかと思えば、目の前の体がするりと束縛をすり抜け落ちたのだ。
何かしらの方法で束縛を掻い潜ったのかと思えば、受け身も取らずに地面にぶつかった蛍の体が跳ねて転がる。
「チ…ッ!」
どうやら自ら掻い潜った訳ではないらしい。
だとしたらどうして。
そんなことを考える余裕もなく咄嗟に手を伸ばすも、転がった蛍の体が落ちたのは鋭い棘を持つ茂みの中。
サンショウにも似た鋭い棘の数々に、天元の手はその体を掴み損ねた。
ガサガサと音を立てて落ちていく先は傾斜になっているようだ。
「…くそ」
見失ってしまった体に、つい悪態をつく。
日輪刀があれば一掃できるなんてことのない茨の群だが、今は生身一つ。
隊服を着ていない蛍と対等とする為に、自らの服も強度性の高い鬼殺隊の隊服ではない。
だからこそ簡単に後追いはできない。
しかしすぐにそれは必要のない不満だと、天元は感情を殺した。
このまま気を失い朝を迎えれば、そこで終わり。
意識を取り戻してもじっとしていれば、朝を迎えて終わり。
例え動いたとしても、そうなると音柱である天元の耳にはすぐに届く。
どう足掻いても蛍の生きる道はない。
「悪運の強い奴」
風鈴を隠したが為に苦しい道を自ら選んだ。
このまま茨に体を絡め取られて知らぬ間に死に絶えるのもまた、喜ばしくはない死に方だ。
運と言うよりも悪運。
姿の見えない茨の傾斜を見下ろすと、天元は皮肉を込めて呟いた。
どの道を辿ろうとも、蛍が迎える先は死。
遅いか早いかだけなのだ。