第5章 柱《弐》✔
「甘いな!」
ひらりと巨体に似合わぬ素早さで、蛍の手から離れ飛躍する。
しかし蛍もまた勢いのままに突っ込んだ体を片手だけで地面に着地し支えると、猫のようにくるりと反転して尚も二撃目を振り下ろした。
び、と微かに蛍の爪が天元のベルトを裂く。
初めて蛍の攻撃が届いた一打だった。
「(こいつ甘露寺みたいな動きをしやがる…!)伊達に稽古は積んでねぇってか」
しかしベルトを縦に半分程裂いただけで、風鈴には届かない。
「だがまだあいつには程遠い!」
「ッ!?」
蛍が退く前にその腕を掴み取ると、ぐいと持ち上げる。
いとも簡単に足が地面から離れた蛍の体は、無理矢理に宙に引き上げられた。
「く…ッ」
「すばしっこい猫は、捕まえるに限るな」
藻掻き暴れるも、天元からすれば無駄な足掻き。
逃げ場を奪い曝け出された目の前の体に、連撃を繰り出した。
峰を打ち、腹を打ち、顎を打つ。
容赦なく打ち込まれる打撃に、やがて蛍の体は力を失くした。
「おい、まだ寝るには早いぜ。鬼は夜に本領発揮するもんだろ」
だらりと項垂れる蛍の体を、尚も掴んだ手首一つで容易に持ち上げたまま。
宙に廃れた体がふらりと揺れる。そこに呼び掛けても反応はない。
「…多少やれるかと思ったが、相変わらず弱っちい鬼だ」
気絶でもしたのだろうか。
俯いた表情は暗闇で尚、見えない。
溜息をつきながら、天元は空いた手で今一度拳を握った。
(とりあえず一度、頭でも割っとくか)
どうせ割ったところで死にやしないのだ。
無の状態から細胞を生み出し、人と同じ姿に変わり、のうのうと言葉を発し他者を喰らう。
正に化け物と呼ぶに相応しい。
どんなに足掻こうとも、この女も所詮同じなのだ。
「一度死んどけ」
ひゅっと風が空(くう)を切る。
常人の目では追えない速さで天元の拳が唸る。
容赦のない力が、項垂れる蛍の頭部目掛けて振り下ろされた。