第17章 初任務《弐》
「花吐き病って、本当に鬼の仕業なのかな?」
「何故そう思う?」
「…だって」
カナカナとヒグラシが夕闇に歌う。
細やかな合唱を耳にしながら、蛍は群青色(ぐんじょういろ)に染まりゆく木々に遮られた空を見上げた。
男の目は、最後まで花に未練を残していた。
何度も食い下がったが、断固として頸を縦に振らなかった杏寿郎が盾になってくれたからこそ、その手に花を渡さずに至った。
「奥さんの命は奪って、旦那さんの命は奪わないなんて。鬼殺隊だって、病にかかった人とかからなかった人がいたんでしょ?…悪しき鬼の仕業なら、全員死んでいても可笑しくないんじゃないのかな」
男の顔は今にも死んでしまいそうな程覇気はなかったというのに、地に足をつき生きている。
本物の病のように、それは不規則に人の命を奪っていた。
「確かに、そこには俺も疑問を抱いていた。"病"という形で命を奪う術だからこそ何か法則性があるのかもしれない」
「条件が合わないと病にかからないってこと?」
「うむ。その条件がわかれば鬼にも近付けると思うのだが…」
「杏寿郎はやっぱり鬼の仕業だって思うんだ」
熟練の柱である杏寿郎がそう予想するのならば、やはり鬼の可能性は高いのかもしれない。
大量の石でできた夥しい数の塚が並ぶ、お塚群。
稲荷山の生い茂った木々に囲まれている為、弱い光は通さない。
被っていた竹笠をようやく頭から外し、ほうと一息つきながら蛍は無意識に肩を落とした。
「君は、鬼の仕業であって欲しくないと言うようだな」
「え?」
はっきりと伺えるようになった表情に、その思いを汲み取ったのか。
鋭い指摘に思わず声を上げれば、見透かすような杏寿郎の目と合った。
「…ごめんなさい。継子として失格だよね」
「自分を責めることはない。俺が君の立場なら、同じことを思うだろう」
ぽふりと蛍の頭を撫でる手は、優しいものだった。
「だが"その時"が来たら覚悟を決めろ。情で鬼は待ってはくれない。甘さを見せたら、己がやられる」
「…ん」
杏寿郎が蛍を人として認めたのも、また情を向けたからではない。
己の目でしかと蛍を見た結果だ。