第17章 初任務《弐》
深呼吸を一つ。
竹笠の紐を手早くまとめて袴の帯に結び付け、口布を下げると、蛍はよしと意気込んだ。
「そろそろ行く? 人の気配もないし」
「そうだな。鬼の活動時間に入った頃だろう」
「じゃあ早速山を下る道を」
「いや、その前にこの塚の捜索をした方がいい」
「此処に鬼の気配はないよ。あの色も見えないし」
「しかし万が一を考えて」
「ないってば。どう見てもお塚とお稲荷さんしかいないから」
「……」
「大丈夫!」
「…よもや、蛍」
「何?」
鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた、夥しい塚の群。
苔の生えた狐の像が幾つもひっそりとその間に陳列し、来る者を見定めているようにも思える。
生命の気配はない神聖な場所ではあるが、何かが息衝いているようにも感じる。
尚且つ、神を祀っている為のものだが、一見すればまるで墓場のようにも見える場所。
生と死。
二つの曖昧な境界線。
「怖いのか?」
「はははまさか」
早くその場から離れようとする蛍に、節分行事の彼女の姿を垣間見た。
「待って何これ行きと全然雰囲気が違う」
「やはり怖」
「くない! 怖くないけど、なんかこう、雰囲気が嫌! それだけ!」
稲荷山を下る道。
行きにも通った道だと言うのに、日も沈み人気がなくなると何故こうも雰囲気は変わるのか。
ぽつんと申し訳程度に置かれた行灯の灯り。
小さな橙色の光が照らす大きな鳥居のトンネルの入口を前にして、蛍は眉をきつく寄せた。
奥へ奥へと続く一本道は、先が暗闇で何も見えない。
まるで入り込む人を飲み込まんとする、ぽっかりと口を開けた別次元の入口のようだ。
「どんなに体を鍛え上げようとも、心で折れていては意味がないな! 蛍、気合いを入れろ!」
「あ、待って杏寿郎そんなさくさく進まないで…っ」
変わらぬ笑顔で千本鳥居の中へと足を踏み入れる杏寿郎に、蛍も慌てて続く。
ヒグラシの声は、いつの間にやら止んでいた。