第17章 初任務《弐》
「いや。やめておこう」
「?」
「君の眼に俺が映っているなら、それでいい」
蛍越しに見える世界は、同じものでも以前より色付き美しく見えるようになった。
柱会でほろ酔いながら伝えてきてくれた蛍もまた、自分を見る目は情愛に満ち満ちていた。
それが既に答えだ。
「さあ、此処を回ればその色も見つけられるかもしれないぞ。おいで」
「うん」
差し伸べられる手に、蛍の手も伸びる。
「──もし、」
引き止めたのは、腕を掴む手だった。
「その花を、何処で?」
「え?」
知らない男だった。
蛍の腕を掴み、食い入るように見ているのは赤八汐。
目の下の影は窪み、頬は痩け、健常者とは思えない風貌で、男は縋るように蛍の腕を強く掴んでいた。
「えっと…」
「いつ、何処で見つけた?」
「いや、これは、」
「失礼。質問は構わないが、この手は放してもらえるか?」
声を荒立ててはいないが、必死さが見えるその圧に蛍も戸惑う。
蛍に代わり、杏寿郎がその間に割り込んだ。
「訊いてるだけや。その花を何処で…っ」
「ならば触れる必要はないな、放して頂きたい。それにその花は見つけたのではなく、譲り受けただけのもの。何処を探そうとも見つからない花だ」
男の手首を今度は杏寿郎が掴む。
静かな口調ではあるが、その言葉に乗せた手の強さに男はびくりと怯んだ。
「す、すんません…手荒いことを。その花が欲しゅうて、つい…」
「あ、いえ…大丈夫、です」
おどおどと話し出す男は、最初こそ驚いたものの悪い輩には見えない。
そもそも、鬼でも鬼殺隊でもないただの一般市民だ。
「あの…なんで、この花が欲しいんですか?」
「…それは花吐き病の花でしょう」
「!」
「見ればわかります。私の妻も、おんなじ病にかかり亡くなったので…」
外部では知らぬ病の名だが、京の都となればまた別である。
幾人もの人が命を落としたその病は、男の妻にも病魔の手をかけていた。
「だとすれば奇病の元凶でもある花。何故それが欲しいと?」
至極当然の問いを投げ掛ける杏寿郎に、男は始終俯き加減のまま、ゆっくりと口を開いた。